日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

論文

転落の恐怖と慰安──永井荷風「暁」を読む──

『京都教育大学 国文学会誌』第33号, 2006年6月, pp.33-45 [紹介] 永井荷風の滞米時代を、一時滞在の旅行者、傍観者として捉えてきた先行論に対し、〈在米日本人〉コミュニティの中に生き、〈在米日本人〉としてあったものとして再考する。この視点からす…

永井荷風『あめりか物語』は「日本文学」か?

『日本近代文学』第74集, 2006年5月, pp.92-107 [紹介] 永井荷風は1908年に帰朝し、その後没するまで日本で活動した。だがもし彼が帰国しなかったとしたら、在米中に書きつがれた彼の『あめりか物語』はいったい何文学とされていたか? 20世紀前半の北米移…

日系アメリカ移民一世の新聞と文学

『日本文学』第53巻第11号(No.617), 2004年11月,pp.23-34 [紹介] 日系アメリカ移民の日本語新聞『新世界』(サンフランシスコ)を検討し、移民地における新聞の機能と、移民文学との関係について考察した。移民地においては日本国内で刊行された出版物と…

堀辰雄の反−私小説──夢・フロイト・「鳥料理 A Parody」──

『国文学 解釈と鑑賞』別冊,2004年2月,至文堂,pp.128-137,他共著者22名 [紹介] 堀辰雄の文学と1930年前後の私小説をめぐる言説との関係を考察した。堀文学は私小説とは異質のものとされることが多いが、実際にはもう少し複雑な交渉を取り結んでいた。…

「モデル問題」の発生──内田魯庵『破垣』

『国文学 解釈と教材の研究』第47巻第9号、2002年7月、pp.31-35、7月臨時増刊号・特集「発禁・近代文学誌」のち国文学編集部編『発禁・近代文学誌』共著,2002年11月,学燈社,pp.31-35,他共著者36名(臨時増刊号の書籍版) [紹介] 「モデル問題」は実在…

絵の様な人も交りて展覧会──文学関連資料から読む文展開設期の観衆たち── 

『美術展覧会と近代観衆の形成について』(平成11-13年度科学研究費補助金(萌芽的研究)研究成果報告書、研究代表者 五十殿利治、課題番号11871009)、2002年3月、pp.23-36 [紹介] 文部省美術展覧会(文展)の観衆を、文学資料──小説・文芸雑誌の記事・川…

吾輩の死んだあとに──〈猫のアーカイヴ〉の生成と更新──

『漱石研究』第14号、2001年10月、pp.149-163 [要旨] 文学作品は、現在の研究の体制において、多くの場合その作者との関わりに重点をおいて考察される。しかし、実際の社会内における文学作品の在り方を考えるとき、こうした作者に関わる部分に注目するだ…

〈文芸と人生〉論議と青年層の動向  

『日本近代文学』第65集、2001年10月、pp.150-162 [紹介] 「芸術と実生活」「実行と芸術」などとも呼ばれる自然主義文壇を代表する論争、〈文芸と人生〉論議を、青年層の動向に着目することによって再検討する。論争の過程で「観照」派とされる花袋・天渓…

翻訳と感化の詩学──「野分」の人格論をめぐって── 

『国文学 解釈と教材の研究』第46巻第1号、2001年1月、pp.118-125 [紹介] 夏目漱石「野分」の登場人物白井道也が展開する『人格論』は、漱石自身の思想と重ねて考えられることが多い。これに対し、同時代の〈人格〉をめぐる言説の水準と照らし合わせること…

〈自己〉を語る枠組み――中等修身科教育と〈自我実現説〉――

『国語と国文学』第77巻第7号、2000年7月、pp.41-54 [紹介] 明治20年代後半に移入された倫理学説〈自我実現説〉と当時の文学的思考との交差を検証する。この学説のもつ論理を明らかにし、それが中等修身科教育に組み込まれていく様相をたどる。そこから修…

日露戦後の〈自己〉をめぐる言説――〈自己表象〉の問題につなげて――

『日本語と日本文学』第30号、2000年3月、pp.29-42 [紹介] 日露戦後の文芸評論界に見られる〈自己〉論の隆盛を分析する。そこに現れた言説群を「自己の文芸論」「自己の描写論」「自己の探求論」の3種に分類し、その特徴や背景について考察。さらにこうし…

文芸用語としての「モデル」・小考――新声社と无声会――

『文学研究論集』第15号、1998年3月、pp.77-95 [紹介] 現在われわれが普通に用いる、「この小説のモデルになった人」などといういい方は、どのようにしてできたか。文芸用語としての「モデル」の社会的な流通の1パターンを、明治30年代の出版社兼文学集団…

帰国直後の永井荷風――「芸術家」像の形成――

『日本語と日本文学』第26号、1998年2月、pp.21-33 [紹介] 一人の作家の「イメージ」がどのように形成されたのか、永井荷風を例にとって考える。アメリカ・フランスでの生活を終え明治41年に帰国した荷風は、当初は無名の青年作家だった。その荷風が自然主…

「モデル問題」とメディア空間の変動――作家・モデル・〈身辺描き小説〉――

初出、『日本文学』No.536、1998年2月、pp.10-21 のち、和田敦彦編『読書論・読者論の地平』(日本文学研究論文集成47、若草書房、1999年9月、pp.185-200)に採録 [紹介] 明治40年後半に起こった、小説のモデルをめぐる道義的論議「モデル問題」を、読書慣…

「蒲団」の読まれ方、あるいは自己表象テクスト誕生期のメディア史

『文学研究論集』第14号、1997年3月、pp.67-90 [紹介] 日露戦後、作家自身が作中人物として登場する小説が増える。こうした事態が起こった経緯を、田山花袋「蒲団」に対する発表当時の読解のようす、作家たちの自己表象への認識などから追究し、小説ジャン…

機械主義と横光利一「機械」

『日本語と日本文学』第24号、1997年2月、pp.12-26 [紹介] 横光利一の小説「機械」が、同時代の文化現象としての〈機械主義〉とどのような相関をもっていたのかを明らかにする。文学のみでなく、板垣鷹穂の美術論や写真・絵画テキストも視野に入れ、機械に…