日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

Inheriting Books: Overseas Bookstores, Distributors, and Their Networks

Yoshitaka Hibi. in PAJLS (Proceedings of the Association for Japanese Literary Studies), vol.19, 2019: 14-25. (published in 2021)


アメリカ日本文学会の予稿集に掲載された論文です。戦前外地の書物ネットワークに、日本の大学改革の話が接続するという??な展開になっていますが、先方の求めによるものです(^^;) もともとは、2018年にカリフォルニア大学バークレー校で行われた基調シンポジウム でお話しさせてもらった報告でした。そのときのお題が「evidence」だったんですね。それは人文学の危機にどう文学研究が応ずるか、という問題意識から来ていた。今回の予稿集の特集名も、「Evidence, Transmission, and Inheritance in Japanese Literature and Media」となっています。

予稿集PAJLSの当該号の目次は、以下からご覧になれます。
sites.google.com

疫病と日本文学

日比嘉高編、三弥井書店、2021年7月、254頁、他共著者11名

編著が出ました。昨年(2020年)12月に名古屋大学国語国文学で行ったシンポジウム「疫病と日本文学」をもとに、名古屋大関係者12名があつまって刊行した論文集です。

2020年に始まった新型コロナウイルス感染症パンデミックは、私たちの生活や感覚にとって大きな転換点となるかもしれません。何が起こっており、この先の世界はどうなっていくのでしょうか。それを考える際に、かつて同じような疫病の流行が起こったとき、人々は何を考え、感じ、どう処したのかを振り返ることは有用でしょう。この本は、日本文学の描いた疫病と、その渦中に生きた人々のようすを、中古から現代に至る千年のスパンで見渡す試みです。

目次はこちらで見られます。

www.hanmoto.com

オンラインの大学院説明会

現在、名古屋大学大学院人文学研究科では、オンラインの大学院説明会を行っています。
私の所属する日本文化学でも、メールやZoomによる個別相談を受け付けています。
詳細は、以下のページをご覧下さい。
https://www.hum.nagoya-u.ac.jp/examination/examination-sub2/www.hum.nagoya-u.ac.jp

環境と身体をめぐるポスト・ヒューマンな想像力 ─ 環境批評としての多和田葉子の震災後文学

『日本学報』韓国日本学会、Vol.125、2020.11、pp.1~19

韓国日本学会の第100回大会シンポジウムで報告をさせてもらった多和田葉子論が、論文になりました。以下から全文が読めます。ご笑覧ください。

(全文)環境と身体をめぐるポスト・ヒューマンな想像力 ─ 環境批評としての多和田葉子の震災後文学

[要旨]

本論文は、人間が環境への応答としてテクストの創造を行うことを環境批評の一つの実践だと捉え、震災後における多和田葉子の作品「不死の島」「献灯使」「地球にちりばめられて」「星に仄めかされて」を論じる。ここでいう環境批評(environmental criticism)は、自然環境と人間の作り出す社会的な環境との双方を含み込み、その交差や応答関係を考えていこうという試みと捉えている。
考察では、身体、言語、国の三点を軸にしながら、多和田作品を論じる。多和田の震災後の小説は、放射能による生物の身体への影響、不都合な自然の変化を糊塗するための語の検閲、単純なナショナリズムの回避など、比較的わかりやすい批判もテクストの中に織り込んでいる。一方、義郎、無名、Hirukoなどそれぞれに特徴的な人物を作品の基軸に据えることによって、彼らが災害後の世界で生き延びていくあり方を描き出し、彼らの探求によって、困難な世界は可能性を感じさせるわずかな光明を見いだせるものともなっている。
 最後に多和田の震災後文学のもつ不穏さを指摘する。ポスト・ヒューマンな文学的想像力の核心が、人間が変わってしまうのではないか、もう変わっているのではないか、という怖れの感覚にあり、その感覚に形象を与えたところにあるとするならば、多和田作品の想像力は、まさにポスト・ヒューマンな想像力としてある。それは、現在の環境の変化への反応としてあり、また変わりつつあると感じられる人間への関心を示している。

Abstract

Post-Human Imaginations of Environment and Body: Tawada Yoko's Post-Earthquake Literature as an Environmental Criticism

HIBI Yoshitaka

The present study considers the creation of literary texts as responses to the changing environment as a practice of environmental criticism, and discusses Tawada Yoko's writings after the Great East Japan Earthquake: "The Island of Immortality(不死の島)", "The Emissary (献灯使)", "Scattered on the Earth(地球にちりばめられて)" and "Implied by the Stars(星に仄めかされて)." I consider environmental criticism as a critical attempt to consider both the natural environment and the social environment created by humans, and the intersections and responses between the two.

The discussion will focus on three aspects of Tawada's novel: the body, language, and nation. Tawada's post-disaster novels typically weave relatively straightforward criticisms into the story, such as the effects of radiation on the body of living organisms, the censorship of words to glue together inconvenient environmental changes, and the avoidance of naive nationalism. On the other hand, by placing distinctive characters, such as Yoshiro, Mumei, and Hiruko at the center of the stories, Tawada showed how they survived in a post-disaster world, and through their quest, the readers find a glimmer of hope in a difficult world.

Lastly, the unpeaceful nature of Tawada's post-disaster literature was discussed. If the heart of the post-human literary imagination lies in the sense of fear that humans may be changing, or have already changed, and gives form to this sense, then the imagination of Tawada's work was precisely that of a post-human imagination. It is a reaction to the changes in the current environment, and it shows an interest in human beings who are perceived to be changing.


Keywords: Yoko Tawada, post-human, environment, human-body, earthquake

ゴロが死んだ話

 ここのところ食べる餌の量が目に見えて減っていたから、予期はしていた。夕食の後、リビングの隅に置いたケージを覗きに行くと、餌の減りがさらに少なかった。あいかわらず彼は巣の中に入り込んでいて姿を見せない。あまりに変化のない餌箱に、ふと不安を感じて巣をつついて見る。反応はない。白樺チップとケナフ繊維でつくられたドーム型の巣だ。覆っているごく細い繊維をかき分けると、茶色の毛皮が見えた。突いてみるが動きはなかった。こちらの押す力にしたがって、小さな体が揺れた。それがゴロの死だった。

  *
 そのハムスターを買ったのは、二年前の息子の誕生日だった。テレビで放送されていたアニメの影響だったか、友達の影響だったか、いまでは覚えていないが、誕生日を控えた息子が、ハムスターを飼いたいと言い出したのだった。
 きっと欲しいと言った息子ではなく、自分や妻が面倒を見ることになるのだろうと予感しながら、ペットショップに行った。ゴールデン・ハムスターというもっとも一般的な、薄い茶色のハムスター。大きな展示ケージには、一か月ほど前に生まれた子供だと書いてあった。
 息子と一緒に、歩き回ったりうずくまったりしている数匹をのぞき込む。まだあどけなさを残しているそのねずみたちは、黒い真円の目を持ち、ふわふわの球のような薄茶色の体を持ち、小さなしかし器用に動く手を持っていた。

  *
 どうやってその一匹を選んだのだったのだろう。元気のよかった一匹だったのか、かわいらしかった一匹だったのか、もう覚えていない。だが、どこかの繁殖の施設で生まれたであろうその数匹のきょうだいのうち、一匹を私の息子が選び出し、そして彼は家にやってきた。彼は「ゴロ」という名をもらい、数匹の͡仔ねずみのうちの一匹から、私たち家族の中の一匹に変わった。

  *
 ハムスターの寿命は二、三年だという。ゴロの場合、それは二年と三か月だった。二年三か月は、家族の中に入り込むのに十分に長いが、それが一生であると考えれば、あまりに短い。彼の世話をしながら私は、猛スピードで通り過ぎていく生命の時間を、早回しで見続けているように感じていた。
 彼は小さな子供としてやってきた。それはちょうどまさに、私の息子よりも少し小さいか、同じぐらいの感じだった。毛並みはつやつやとして柔らかく、目は大きく、あどけない顔立ちをしている。好奇心が旺盛で、ケージのなかを盛んに走り回っていた。
 そして彼はあっという間に、おとなになった。体つきはがっしりとし、乾燥した木の実をかじる口にも力強さが出てきた。ケージの外に出られることを覚え、扉をかじっては、ここから出せ、散歩をさせろ、と請求した。
 たまに私は、ケージのロックをかけ忘れることがあった。彼にとってそれは深夜の散歩のチャンスだった。床に点々と落ちている白樺チップの木くずが、彼の夜の足跡を示していた。

  *
 小動物をかわいがる仕方には、それぞれの流儀があるようだった。妻は、ハムスターに触れるのが好きだった。彼女は彼の名を呼びながら扉を開け、取り上げて掌の中に包み、撫でた。
 私は、彼に触れたいとはほとんど思わなかった。彼に餌をやり、彼が餌をかじったり巣へ運んだりし、給水器から水を飲み--金属の円筒形の管を両手でつかみ、かじりつきながら歯音を立てて水を飲むのだ--、トイレで用を足し、ケージ内を歩きまわるのを見ているのが好きだった。
 息子は、やはりろくに世話をしなかったが、私や妻がゴロの世話をしていると近づいてきて、触ったりリビングを散歩をさせたりするのだった。

 ゴロが死んだとき、私はゴロを取り上げなかったが、妻が死んだ彼を掌に乗せた。まだあたたかいみたい、と彼女は言った。死んですぐなのかもね。
 たしかに、手渡されたゴロの体は、まだほんのりとあたたかかった。しかしそれは、巣の下に敷いてあったヒーターの熱が、彼の死んだ体を温め続けていたにすぎなかったかもしれない。妻が横から覗き込みながら、眠ったまま死んじゃったみたいだね、と言う。ゴロは軽かった。横向きに丸くなり、目を閉じている。撫ぜると、体は骨ばっているのがわかり、毛皮の下のやせた骨格が感じられた。生きていた時は、この掌の上を四つの小さな足が踏み、やわらかな茶色の毛が指を撫ぜたのだった。
 あたたかさが急速に薄れつつあるような気がして、私はその前にそれを息子に手渡したいと思った。

  *
 巣材をかき分けてゴロが死んでいるのを発見したとき、私はそれを十分に予期していたと思う。この一か月ほど、彼の衰えは目立った。不活発になり、ほとんど巣から出てこなくなった。餌を食べる量が減り、水を飲む量も減り、トイレが汚れる度合いも少なくなった。たまに巣穴から出てきて餌場に出て行く彼の毛は、つやを失っており、ぼさぼさと乾いていた。動きは遅くなっており、好奇心も消えていた。以前ならケージの扉が開いているのであれば、必ずそこから降りようと試みた。しかし老いを迎えた彼は、開け放たれたケージの桟に手をかけて下をのぞき込むものの、決して降りようとはしなかった。一度など、巣穴から出てくると、彼は木くずでできたゆるい斜面で転倒し、転がり落ちさえした。壮年を通り過ぎた彼は、急速に老境に入っていた。

  *
 ハムスターの一生を、たかがねずみの一生を、人間のそれになぞらえることは馬鹿馬鹿しいことだろうか。しかし私は、彼の猛スピードで駆けていく一生を、子供と重ね、自分と重ね、私の父母や義母と重ねずにはいられなかった。彼の二年三か月の一生に付き添いながら、私はヒトの子供のどこまでも伸びていけるような成長の力を再確認し、力強く落ち着いた成年者の完成を感じ、そして衰微していく命のたよりなさを危ぶんだ。

  *
 私は大病を得た母のことを考えずにはいられないし、衰えが目立ってきた父や義母のことを考えずにはいられない。さらにいうならば、二十数年先に待っているだろう自分の老いのことも。

  *
 ゴロは、このケージという彼の「世界」を、どのように見ていたのだろうか。ハムスターの目はさほど良くないという。だから彼は、視覚としてその狭さを感じていたことはないかもしれない。だが、音とにおいと体に染みついた行動の履歴とで、そのわずか幅60cm×奥行40cm×高さ30cmほどの「世界」を、彼は熟知していたことだろう。その一生を、たった一人で、その小さな「世界」のなかで過ごすということは、彼にとってどんなことだったのだろう。
 最初にケナフの繊維を巣材として入れてみたときのことだった。彼は一晩かかって、大きな円形の立派な巣を作り上げた。妻と義母と息子はそれを見ながら、繁殖期で家族が欲しいんじゃないかと話し合っていた。繁殖期かどうかはしらないが、生殖は行いたいだろうなと私は思った。
 だが、私はゴロのパートナーを飼うことはしなかった。ハムスターが家で増えていくことは、私には考えられなかった。

 そしてゴロは一人のまま狭い世界で生き、一人で死んだ。

  *
 私たちは増えすぎたのかもしれない。と、そのハムスターの死体を見ながら私は唐突に思う。
 私たち人間は。
 生殖に興味を失いつつある私たち。老境を迎えてなおさまざまな手段で死期を伸ばし続けている私たち。生理的な不快感の敷居を超えて密集しあって暮らしている私たち。どんどんと下がっていく出生率は、ヒトが種として生き延びていくための当然の「制御」なのではないのか。
 私の住むケージの外では、ウイルスが猛威を振るっている。もしかして新しいウイルスとの「共存」もまた「制御」の一つなのか。
 まさか。
 死んだ彼が私を少し混乱させているだけのことだ。

  *
 私はゴロを愛していたが、同時に彼に、孤独で過酷な生を強いたのだろう。ネットで調べると、ゴールデン・ハムスターについて、もともと中東地域にいた野生種が数匹持ち出されて、実験用などのために繁殖が行われ、世界中に広がったという説が目に入る。持ち出されたのは1930年のことだったとある。
 ほんとうだろうか。数匹の、おそらくは1家族から広がった、無数の、世界中のゴールデン・ハムスターたち。それがほんとうだとするならば、それもまた人がハムスターのある家族に強いた、過酷な生の管理だというべきだろう。私はその家族の遠い末裔の一匹を、91年後の極東で、ケージに閉じ込めて死なせたというわけだ。

  *
 私たちは明日、ゴロを埋める。ゴロは土に帰っていくだろう。彼はそれをようやく訪れた解放だと考えるだろうか。あるいは別のことを考えるだろうか。

 いや、彼が考えることなどあるまい。ハムスターは単なるハムスターで、何も考えずに死んでいくのだ。ただのハムスターが、一匹、死んだだけである。
 小さな、ゴロが。

f:id:hibi2007:20210111164219j:plain
ゴロの墓(息子作)

危機の時代の歌──米国日系移民強制収容所の俳句、短歌

現代詩手帖、第63巻第11号、2020年11月、pp.40-44

坪井秀人さんの『二十世紀日本語詩を思い出す』(思潮社)の刊行を記念した特集に寄稿しました。内容は副題の通りなのですが、自分としては、『怒濤』という収容所の中の同人誌に発表された句

 置去りの犬に転住見送られ   兒玉八角

の解釈が気に入っております。1945年6月に詠まれたものです。収容所から出て行くとき、置き去りにされる犬を見る目、その犬に見返される目。「置去り」にされた何ものかが、犬に姿を変えて、私を見送っている。日系人の俳句や短歌を見ると、彼らは人生をよく旅に喩えています。収容所から出て行く「転住」もまた、その意味では旅なのでしょう。彼らは、すべてをかついで旅していたのでしょうか。いやむしろ、何かを置き去りにしながら、旅を続けていたのではないか。犬は、そういう彼らの後ろ姿を、じっと見ている。そんなことを考えながら、読んだ句でした。
f:id:hibi2007:20201027233706j:plain:w250 f:id:hibi2007:20201027233738j:plain:w250

プライヴァシーの誕生──モデル小説のトラブル史

新曜社、2020年8月12日、308頁

目次

序 章 モデル小説とプライヴァシー
     1 モデル小説は何を引き起こすか 
     2 プライヴァシーは変化してきた
     3 文学からプライヴァシーを考える
     4 小説の言葉が行なうこと――転形、媒介、侵犯
     5 本書の概要 
第1章 モデル問題の登場――内田魯庵「破垣」の発禁と明治の社会小説
     1 「破垣」の発禁と内務大臣末松謙澄
     2 社会小説と諷刺――内田魯庵の文学
     3 筆誅の時代とスキャンダルの公共圏
     4 登場人物の類型的表現のもつ力
     5 境界の構築と小説
     6 発禁余波――内田魯庵の表現および文学者の感覚の変化
第2章 写実小説のジレンマ――トラブルメーカー島崎藤村自然主義描写
     1 藤村伝説 
     2 「はじめて産れたる双児の一」の発禁――「旧主人」 
     3 一九〇七年のモデル論議 
     4 モデル論議からみえる明治末の〈私的領域〉
     5 文学空間の変化――情報編成、読書慣習、窃視の好奇心
     6 〈藤村伝説〉の亀裂――「突貫」
     7 小説の暴力、好奇心の暴力――「新生」 
第3章 大正、文壇交友録の季節――漱石山脈の争乱Ⅰ
     1 大正期の文壇交友録小説と芥川龍之介「あの頃の自分の事」
     2 第四次『新思潮』派の紛擾と菊池寛「無名作家の日記」 
     3 芥川の仕掛けたもの――交友録小説と文壇の鳥瞰図 
     4 〈閉じた文壇〉論と私小説論 
     5 〈通俗〉への通路をさぐる 
第4章 破船事件と実話・ゴシップの時代――漱石山脈の争乱Ⅱ
     1 〈芸術〉か〈通俗〉か 
     2 久米正雄「破船」の戦略
     3 告白・実話・ゴシップ 
     4 松岡譲「憂鬱な愛人」の受難
     5 加速する大衆文化時代 
第5章 のぞき見する大衆――『講談倶楽部』の昭和戦前期スポーツ選手モデル小説
     1 問題のモデル小説
     2 水泳選手の受難――近藤経一の「傷ける人魚」 
     3 『講談倶楽部』の「実話」路線とスターの登用 
     4 大衆文化へと浸透するモデル小説
     5 野球狂時代
     6 三原脩と小説「青春涙多し」
     7 ヒーローは墜落する 
第6章 〈プライヴァシー〉の誕生――三島由紀夫「宴のあと」と戦後ゴシップ週刊誌
     1 「宴のあと」、訴えられる
     2 なぜプライヴァシー権は要請されたのか
     3 プライヴァシーの誕生と拡散
     4 プライヴァシー論議と文学の自画像
     5 作品と読者
     6 テクストは知っていた?
     7 公の裸体 
第7章 〈芸術性〉をいかに裁くか――昭和末、高橋治「名もなき道を」の勝訴
     1 唯一の小説家側勝訴例 
     2 高橋治「名もなき道を」とその訴訟
     3 モデル小説の〈芸術性〉をどう評価するか
     4 〈芸術性〉をめぐる法学者たちの見解
     5 二つの〈芸術性〉1――〈虚構化〉
     6 〈虚構化〉と読者
     7 二つの〈芸術性〉2――〈芸術的価値の高さ〉
     8 法の場における〈芸術性〉の再規定のために
第8章 モデル小説の黄昏――平成、柳美里石に泳ぐ魚」のデッドエンド
     1 「石に泳ぐ魚」裁判の経緯
     2 「時代の流れ」――法律家、文学者の分裂
     3 報道被害と個人情報の登場
     4 「宴のあと」のあと
     5 読むことの倫理、そして図書館の自由
終 章 ネット社会のプライヴァシーと表現
     1 プライヴァシーの変容
     2 創発する監視網
     3 自己情報のコントロールは可能か
     4 ネット時代の表現とプライヴァシー

モデル問題関連年表
事項・作品名・人名索引