紹介と感想 川口隆行『広島 抗いの詩学 原爆文学と戦後文化運動』琥珀書房2022
近年出た近代文学、戦後文化史関係の研究書では、最良の成果の一つだと思う。近代文学研究の現在の議論の水準、関心の持ち方がどのあたりにあるのか。隣接分野の方にも、この分野の大学院生たちにも、テーマの遠近を問わず読んで欲しい。
内容は、『われらの詩』『われらのうた』などの被爆地広島のサークル詩誌、峠三吉の『原爆詩集』、四國五郎の辻詩、在日朝鮮人たちの文芸誌『ヂンダレ』、沖縄の『流大文学』、山代巴の小説と朝鮮戦争、被爆者支援運動と手記集、大田洋子の『夕凪の町と人と』についての論。さまざまな話題が並ぶが、読後の感想は「いろいろ論じた」というバラバラ感とは逆だ。それは川口さんの持っている強靱な問題意識が、全体の議論を貫いているからだろう。
川口さんは、あとがきでこう言っている。「原爆文学とは、一九四五年八月の惨劇とそれに続く現代という時代に向き合うために、先人たちが発見した世界認識の方法をめぐる仮構意識なのだ」。川口さんは、過去の経験とその表象を論じながら、それを常に「現代という時代に向き合」わせようとする。
そしてその回路として、原爆を描き、経験を語った、詩や小説や手記を分析する。その言葉の襞と、亀裂と、沈黙に、耳を傾け、吟味する。「世界認識の方法をめぐる仮構意識」という言葉で彼が言おうとしたことは、文学研究のそうした姿勢と方法のことだと私は理解した。
その論に導かれながら、私たちは加害と被害の入りくんだようすを知り、当事者概念を揺さぶられ、難民や動物を起点に現代ののっぺりした人間理解や口当たりのいい平和語りを再考するよう導かれていく。
前著『原爆文学という問題領域』から一四年。視野と知識がさらに広く深くなり、表現の読みこみは切れ味をました。そして押さえられてはいるが、川口さんという人間の感受性や問題関心についての自己投企の深さが、論述の背後に横たわっていると感じる。川口隆行という研究者の成熟と到達だろう。
同世代の研究者として、こういう人がいることはとてもうれしいことだが、まあ、、、くそう負けてたまるかと思うよね(笑)