お礼と紹介:小松靖彦著『戦争下の文学者たち 『萬葉集』と生きた歌人・詩人・小説家』
歴史上、『万葉集』がもっとも政治的・社会的影響力をもったのは、日中戦争・太平洋戦争の時代だった、と著者はいう(286)。万葉学史の専門家でもある小松さんの言である。小松さんは、2016年から「戦争と萬葉集研究会」を立ち上げ、この歌集が戦争に向かう社会の中でどのように読まれ、用いられてきたのかを追究してきた。
本書は、その小松さんの一連の成果をまとめたもの。与謝野晶子、齋藤瀏、半田良平、今井邦子、北園克衛、高木卓ら、6名の文学者たちが取り上げられ、彼らがいかにして「愛国」「報国」へと転換していったのかが克明に追いかけられる。
たとえば、「君死にたまふことなかれ」と明治に歌った与謝野晶子が、いかにして戦時中に「愛国短歌」を詠むに至ったのか。変わっていく世情と雰囲気のなか、文学者たちも敏感にそれに反応していく。そのとき彼らが向かったものの一つが、『万葉集』だった。『万葉集』はこの時代、古いゲマインシャフト(地縁・血縁など自発的自然的な共同体)へ復帰しようとする「非合理的切望」の受け皿となったと小松さんは指摘している(18)。
挙国して戦争へ向かう空気の中で、それに抗うのは容易ではない。その感覚、その恐ろしさは、現代に生きる私たちもわずかながら感知しているはずだ。小松さんの原動力には、「戦争は今もなお続いている」という考えがあるという。そう考える時、70年前、文学者たちが時代にどう飲み込まれたのか、という問いは歴史の問いではなくなる。
専門的な知見、情報が多く含まれた本ですが、丁寧に語句や周辺状況の説明が加えられているので、読みやすい文章になっています。専門家以外でも、ぜんぜん読めます。おすすめ!
頂戴してから一年近く経ってしまいました。学恩に感謝申し上げます。