文科省の文系学部軽視は「誤解」なのだろうか 鈴木寛氏の記事を起点に考える(上)
はじめに
最近、いくつかの記事やら情報を見て思うのですが、文系学部大学院の廃止・転換問題について、文科省は少し軟化姿勢を見せているようです。
下村文部科学大臣は『日本経済新聞』(2015年8月10日)のインタビューで「文科省は国立大学に人社系が不要と言っているわけではないし、軽視もしていない。すぐに役立つ実学のみを重視しろとも言っていない」とか、「廃止」は教員養成系学部の「新課程」(教員免許取得を義務づけていない課程。いわゆる「ゼロ免課程」)だけなのだと述べています。また、先日批判の声明を出した日本学術会議に対する文科省のレスポンスの報告が、私のところもメールで転送されて回ってきましたが、そこでも同趣旨のことが書かれていました。
そして8月17日に、鈴木寛文部科学大臣補佐官によるDIAMOND Onlineの記事「「大学に文系は要らない」は本当か?下村大臣通達に対する誤解を解く(上)(下)」が出ました。文系軽視というのは「誤解」だという長文の見解です。
文科省は、予想外の世論の反発に、少し慌てているように見えます。つまり批判は、効いています。引き続き、この天下の愚策への批判をし続けるべきと私は思います。
1.鈴木文部科学大臣補佐官の見解
さて、その文科省側からの言い訳や反論を読んで、納得しにくいことがありました。とくに鈴木寛文部科学大臣補佐官による記事には、それが多くありました。鈴木氏は《文科省が文系学部は要らないと言っているというのは誤解である。それは一部のメディアの曲解によるものであり、それに踊らされた不見識な学者の考えである。その証拠に、文科省はこれこれこういう取り組みを行ってきたではないか》という主旨のことをこの記事で述べています。
これは正しいのでしょうか。
鈴木氏の文章は、これ自体、文科省への批判が効果を上げていることの証左であるので、なるほどそうですか、と承っておけばいいのですが、氏の弁解に反証していくことで、この政策の非をさらにあきらかにしていくことにもつながるでしょう。
以下、長文にわたってしまいましたが、この文章で私は次のことを指摘しようと思います。
- 文科省の通知はすでに実行段階である
- 「一部のメディア」の曲解などではない
- 文系向け科研費の増額説はあやしい
- やはり「通知」は国立だけでなく私立公立大にも関係する
- 文系部局見直しは「既定路線」、「合意」があった、とはいえない
- エビデンスを示すべきなのはむしろ文科省である
以下、順に述べていきます。(なお、同記事については、すでに「大学職員の書き散らかしBLOG」(id:samidaretaro)というサイトが細かいデータも示しながら疑問を呈しており(上、下)、参考になります。)
2.文科省の通知はすでに実行段階である
文科省の文系軽視は「誤解」なのでしょうか。
全国の国立大学を対象とした『読売新聞』のアンケート調査で、「文系学部の廃止や他分野への転換が「ある」と回答したのは、「文系学部がある60校(回答は58校)のうち26校。このうち17校では計1300人を超える募集が停止される」という事態が明らかになっています(2015年8月24日朝刊1面)。1300人の内訳は明らかにされていませんが、教員養成系の「ゼロ免課程」が大半とはいえ、岩手大、信州大、滋賀大ほかで人文社会系学部の学生定員も、他学部や新学部に転換されようとしているとされています。このほかの各国立大学の文系部局でも、同様の事態は進行中です。
もしこれらの大学が文科省の通知を「誤解」して、廃止転換を進めているというのなら、今すぐ文科省にはその大学の改組を止めるよう言っていただきたいものです。どんなに言いつくろっても、現実に人文社会科学系学部・大学院の縮小が進行している以上、文部科学省がこの分野を冷遇したということは厳然たる事実です。
3.「一部のメディア」の曲解なのか
鈴木氏は、《文科省が文系を軽視しているのいうのは、「粗探し、揚げ足取り、曲解報道が常の一部のマスコミにまんまとハメられ」た学者や世間の誤解だ》という立場を取っていいます。
これは正しい認識ではありません。この問題を批判的に論じているのは「一部のメディア」ではありえません。私の把握している一覧を別掲しましたので、そのリストをご覧いただきたいと思います。
またマスメディアが取り上げる前に、大学関係者がTwitterやSNSなどでこの問題を取り上げはじめたという経緯があります。
さらに、鈴木氏が言及している日本学術会議の声明だけではなく、国立大学協会の総会でも異論が相次ぎ、里見進会長(東北大学総長)も近視眼的な人材育成に疑問を呈しています(*)。大学関係者だけでなく、民間からもたとえば日本出版者協議会が「国立大学の「文系学部廃止政策」に反対する」(2015年8月28日)という声明を出しています。
これらのメディアや教員、学術組織、民間組織は、すべて「曲解」あるいは「誤解」しているのでしょうか。