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日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

【日本の場合】続・著作権保護が実は本の消失に手を貸しているんじゃ…

紹介

(8/9追記)
以下参照している議論は、すべて「著作権保護期間延長問題を考えるフォーラム 公開トークイベント vol.5 シンポジウム「著作権保護期間延長の経済効果 − 事実が語るもの」で発表されたものです。すみません、なぜか親ページへのリンクを張り忘れていました。
http://thinkcopyright.org/resume_talk05.html


前回の著作権延長をめぐるアメリカの記事につづき、日本の場合を対象にした同様の議論を紹介します。2007年に行われたものですので、ご存じの方も多いかもしれません。しかしこれだけの論拠がすでに提示されているのに、なおまだ同じような議論が蒸し返されているとは…

要は、著作権保護期間を延長しても、大多数の著作権保持者たちに大した利益がもたらされるとは考えられず、むしろ死蔵作品を増やすだけである、ということ。

単に主張だけではなく、計量分析を行った実証論考が数本並んでおり、説得力抜群です。

いくつかの論考から選んで、結論等だけ紹介します: (肩書きは当時)

田中辰雄(慶應義塾大学経済学部 准教授)
「書籍のライフサイクルの計量分析」
物故者の著作を国会図書館のデータベースで調べるという方法で、著作者没後の出版状況をデータベース化し、保護期間の延長がどれくらいの誘引を著作者に与えるかを調べた。保護期間の延長で得られる収益の増加率は1〜2%程度であり、印税が10%から10.2%に上がる程度の大きさである。これが創作の誘引になるかどうかは疑わしい。また、没後に出版されるかどうかの確率をロジット推定すると、生前に10 回出版した人でも没後50年たって一作でも出版される人は5%を下回ると予想され、やはり誘引としては弱いといわざるを得ない。例外的な作家はいるだろうが、平均的には50 年先の収益は小さく、保護期間の延長が大きな誘引を生み出すとは思われない。

http://thinkcopyright.org/Tanaka-book.pdf

中裕樹(慶應義塾大学経済学部)・田中辰雄
「保護期間延長は映画創作を刺激したのか」
OECD30ヶ国、1991 年から2006 年のデータを分析しところ、Png and Wang (2006)が導いた保護期間延長は映画製作数を増やすという結果は、頑健とは言えない。より当てはまりのよい式や製作本数を人口で割って基準化した回帰式では、保護期間延長の効果は見出せないからである。したがって、著作権保護期間延長をすることで、創作者にとって新たな創造の意欲が高まり、映画製作数が増加するという命題の論拠はまだ得られていないと考えるべきである。

http://thinkcopyright.org/Naka_Tanaka_Movie.pdf

丹治吉順(朝日新聞記者、be編集部)
「本の滅び方――保護期間中に書籍が消えてゆく過程と仕組み」
出版社は営利企業である以上、経済的に採算の合う本しか原則として出版しない。このため、文化的・資料的価値がどんなに高い作品であっても、利益が見込めない本は流通せず、死蔵される。死蔵されている間にその本はさらに忘れられ、いっそう商業的価値が減るという悪循環が起きる。保護期間中はそうした現象が著しく進行することになる。その間、商業的価値のある作品の著作権継承者は、長期にわたって著作権使用料の恩恵にあずかることになるが、ここに見たように、その陰には膨大な数の著者・作品の死蔵という文化的不幸が隠されている。

http://thinkcopyright.org/tanji-book.pdf

とくに、この丹治さんの分析している、《没後に著作が出版される著者というのは非常に少数であるにすぎず、大多数の著者の作品はそのまま死蔵されている》という分析は、とても重要です。

丹治吉順 同論
 とりわけ目を引くのが、出版点数の多い著者による寡占状態である。グラフ2にそれを示した。
 このグラフの左側の柱は著者を、右側は現在発行されている彼らの著書を示す。1710人のうち、江戸川乱歩吉川英治ら出版点数の多い上位1%の著者の著書が、出版されている2357点の半分近い46.5%を占めている。上位5%の著者の場合は75.1%となる。あまりにも細かすぎてこのグラフでは示せなかったが、出版点数の多い上位0.5%(9位、9人)だけで出版点数の34.0%を占める。
 逆に、作品が1冊も出版されていない著者は、前述したように1308人いる。また、1冊しか出版されていない著者は292人である。

http://thinkcopyright.org/tanji-book.pdf

米国の著作権保護期間延長の議論が、ディズニーをはじめとする巨大著作権産業によってリードされてきたことは、よく知られているところです。

死後、著作権の保護期間内に、たしかに利益を上げる作者もいますが、それはごくごく限られた例。そのわずかな例のために、他の大多数の忘却を放置するのか、ということですね。

著作権の延長を登録制にせよ、という議論の妥当性がうなずかれるところです。延長登録することによって、守られるべき権利は守られるわけですから。

著作権の問題は、経済、利益の問題でもありますが、同時に文化の活性度や文化の厚みの問題です。一部の著作物がもたらす利潤を確保するために、膨大な数の知的な遺産が死蔵され、アクセス困難な状況に置かれ、結果として忘れ去られていくことは、非常に不幸なことです。