戦間期の
近代文学において、心理描写が質的に転換したことを〈心身〉という概念を導入しながら論じる論文集。博士論文をもとにした出版である。元良勇次郎のような明治期の心理学者から、大正・昭和前期の精神科学、
中村古峡、芥川、川端、
江戸川乱歩、
横光利一などの作品についての論考が並ぶ。第一部の記述は、論の対象とする時間のスパンが長いこともあって急ぎ足の観もあるが、〈心身〉という心理/身体を分けない思想に注目した点が面白かった。
竹内さんの『古書通信』の連載が一冊にまとめられた。「忘れられた女性作家」について取り上げよう、という連載だったということもあり、不勉強な私には始めて目にする情報が多く、大変勉強になった。研究者向けに書いたものとは異なるためか、とても読みやすい。が、単なるエッセイではない。しっかりした調査と周囲への目配りがあって、一読して終わり、というような本ではない。
鬼頭七美さんの博士論文をもとにした単著。第一章は家庭小説についての批評史、研究史が丁寧かつコンパクトにまとまっていて、家庭小説を今後研究しようという人にとってはありがたい記述である。家庭小説がどのような気運の中で、しばしば呼び起こされてきたか、という視点もあって、なるほどと思わせられる。ただ、その直近の気運である文化研究の姿勢に対して、いま本書がどういう立場を取るのか、各論に走るのではなく(各論が大切なのは言うまでもないけれど)示して欲しかった。第二章は「社会小説」「家庭小説」「理想小説」「光明小説」などといった明治期の批評用語のカテゴリ化の葛藤と、その焦点の一つとなった
内田魯庵「くれの廿八日」、そして『帝国文学』の役割などを綿密に追っていて、重厚。
水野真理子さんの博士論文からのご単著。水野さんは、
アメリカ文学研究者として出発し、移民文学に関心を持って、翁久允など一世や帰米二世たちの日本語文学にも研究を広げていった方。一世の日本語文学についてのまとまった著作は、日本語ではまだあまりない(英語の博士論文がわずかに出ている)。この本は、一世文学についての先駆的な研究書の一つであると同時に、著者の強みを生かした二世の英語文学についての考察も組み合わせてある。作品を華麗に読み解くというタイプの研究ではなく、着実な調査とバランス感覚の良い記述で
文学史を平明に描いていくところが美点と思う。
飯田先生からご恵贈賜った。飯田先生は歴史地理学者でハワイ日系移民の専門家である。種々のデータを駆使しつつ、ホノルルの
日本人町およびその近郊において、どのように人々が暮らしていたかを地理学的に再構成していく。とりわけ、私の関心のあるところでは、日本人向けの旅館、そして集合住宅「館府」の調査分析が面白かった。他分野の最新の成果にふれることができるのが、移民研究という学問分野の面白いところである。
先日、宇佐美毅さんのテレビドラマ論を紹介したが、今回千田さんも「
ポップカルチャー」論を出版された。ここでいう「
ポップカルチャー」は主にアニメであり、マンガや現代小説、そして
初音ミク論なども含まれている。
近代文学研究者が隣接領域の研究へ足を踏み入れていくことは、私は賛成である。いや「
近代文学研究者が」とか、わざわざ言わなくてもいいのかもしれない。日本の「大学を舞台にした文化研究」は文学に偏りすぎていると思うから、どんどん別のところへ出て行ってしまっていいんじゃないかと思う。しかし、サブカル論は、
東浩紀、
大塚英志、
宮台真司、
大澤真幸、齋藤環らの影響が圧倒的だなぁ、とあらためて確認。