日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

科研費報告書『アジア文化との比較に見る日本の「私小説」――アジア諸言語、英語との翻訳比較を契機に――』


 標記の報告書を梅澤亜由美さんからいただいた。勝又浩氏が研究代表で、法政大学大学院私小説研究会が「研究協力」でかかわっていたプロジェクトとのことである。同研究会は2000年から研究誌『私小説研究』を出しており、私小説研究に関心がある人々にとってはありがたく、また勉強になる特集を毎号組んでくれている会である。

 さて、報告書であるが、これがものすごい充実振りである。目次を引用して紹介したいところだが、充実しすぎて「ちょっと入力して紹介」というレベルではないので、後日同会のサイトに出るだろうからその時にまた増補することにしよう。パートだけ示すと「1.アジアにおける「私小説」――認識・実作・研究――」「2.言語比較から見る「私小説」」「3.アジアの〈私〉表現」「4.言語・文化・社会と「私小説」」「5.翻訳資料・海外における「私小説」研究書」で、計25本の論文・報告が収録されている。

 まだすべてに目を通していないのだが、(いないのに言うのも何だが)これは出版すべきである。もしかしたらそういう話もあるのかもしれないが、ないのであれば今後ぜひそうしてほしい報告書である。

 この前の課程博士論文のエントリと類似の話なるが、最近の研究界はプロジェクトばやりである。なぜにばやりかというと、それは仲間で勉強すると楽しくまた成果も大規模なかたちで上がる(可能性を秘めている)からであるが、もう一つ理由がある。研究するにはお金がいるが、そのお金の降り方が変わったからである。以前は放っておいても一定額のお金が毎年もらえた。近年は、そうした無申請の個人研究費は削減に次ぐ削減をくらい、そのかわりに「競争的資金」なるものを獲得するよう慫慂されるのである。これについてはもう別のエントリを数本書けるぐらいの悲話笑話を聞いているが、個人研究費は国立大でも数万円(年間で、である)まで削られてしまった大学を複数聞いており、これでは1回研究出張をしたらオシマイである。また、この個人研究費も「(外部の)競争的資金に申し込んだら差し上げます」とか「競争的資金がもらえたらのならいらないよね」とかいう、耳を疑うような措置が続出らしい。嗚呼。

 話を戻す。そうこういうわけで、国文学研究者といえば少し前までは個人商店があたりまえだったのだが、それがいつのまにやらトラストやらカルテルやら(あ、ちがうか(笑))、もとい共同研究が普通のことになってきた。私自身、複数の研究プロジェクトに属して同時並行で、今月はこっち来月はあっち的な毎日を過ごしており、年度末はその報告がそこら中で求められて、もうはっきり言えばこんなブログを書いているヒマはないくらいなのである。そうなのだ、そんなヒマはないぞ。

 話を戻す。そうこういうわけで、いろんなところで共同研究が行われ、行われた以上報告が求められて、報告書が出るのである。しんどいことであり、悲しむべき事態であるが、またやはり成果も出るのであり、ときに楽しい仲間もできる。そして、出てきた報告書の中には、今回の『アジア文化との比較に見る日本の「私小説」』のように、素晴らしいものがしばしば出るのである。最近では『昭和戦前新聞文芸記事に関する総合的調査及び研究』(研究代表・奥出健)とか、『近代日本における〈座談会〉の成立過程についての動態的・総合研究』(研究代表・佐藤伸宏)とか。

 で、こういう研究報告書は、実に目に付きにくいのである。上の二つについても、私もたまたま知り合いから紹介されたので、知ることができたぐらいである。知らなければ、そのままになるところであった。こういう類は各図書館のOPACにも引っかかりにくい。もったいない。非常に。研究報告は読まれてナンボである。なんとかならんものかと思う。文科省とか学振とかに使えるデータベースがあるのかしらん・・・

 とにかく、三度話を戻すと、梅澤さん、私小説研究会のみなさん、ありがとうございました。研究会のますますのご発展をお祈りいたします。