日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

文学で考える 仕事の百年 (翰林書房版)

飯田祐子日高佳紀日比嘉高編、翰林書房、2016年9月30日、201頁

翰林書房からの再刊本です。

目次など詳細は、日高佳紀さんのページをご覧ください。

文学で考える〈仕事〉の百年

文学で考える〈仕事〉の百年

文学で考える 〈日本〉とは何か (翰林書房版)

飯田祐子日高佳紀日比嘉高編、翰林書房、2016年9月30日、198頁

翰林書房からの再刊本です。目次など詳細は、日高佳紀さんのページをご覧下さい。


文学で考える〈日本〉とは何か

文学で考える〈日本〉とは何か

この夏の出来事──息子を弟の名で呼んだ話

 知多半島にあるその宿には、子どものころ、毎年のように通っていた。海沿いの施設で、そこに一泊して近くの海水浴場で遊ぶのが、私たち兄弟の夏の大きな楽しみだった。海藻のくずやゴミで汚い海だったが、泳いだり、岩場にひそむカニを捕ったり、砂浜で山を作ったり、飽きることはなかった。日焼け止めクリームなどなく、さんざん陽を浴び、兄弟3人は帰宅後一週間かけて、背中の皮膚を赤くし、皮をむき、真っ黒になった。

f:id:hibi2007:20160924010838j:plain:left:w160 今年の夏、ひさしぶりに、両親にその宿へ行こうと誘われた。最近は、いつも両親は彼らの近くに住む私の下の弟の家族と、そこへ行っていた。だが、弟の息子たちも次第に大きくなり、彼らの夏の予定も忙しくなった。そして4歳の息子がいる私のところに声がかかったのだった。

 おそらく最後に行ってから30年以上の時間が経っていたはずだ。訪れたその宿の、正面に立ち、玄関に入っても、私はほとんど当時の姿と重ねて思い出すことができなかった。建物はそのままのはずだが、外壁も内装もきれいに手が入れてあり、昔の面影はない。食堂の入り口のたたずまいが、わずかに遠い記憶をよぎる程度である。

 だがその宿で、私はとても不思議な体験をした。
 私は自分の息子を、私の下の弟の名前で呼び始めた。

「やっくん」
 私に弟は二人いる。一歳違いで二人。私が44歳なら、真ん中の弟が42歳で、下が40歳というように。「やっくん」というのは、下の方の弟の愛称だった。

 最初、呼び間違えたとき、私は気にしなかった。単なる言い間違いだ、と。ところが、私の呼び間違いは続いた。私は繰り返し、自分の4歳の息子を指して、「やっくんが」「やっくんは」と間違え続けた。何度目か、両親に向かって「やっくん」と言ったときに、私はようやく気づいた。私は、私の知らぬ間に、私の過去の中へと戻っていた。

 その場には私の妻もいたし、私の両親もすでに70歳近い。私の息子も、叔父つまり私の弟(=やっくん)に似ているというわけではない。ひさしぶりに訪れた宿も、こんな宿だっただろうか、という程度の記憶しかない。

 それでも、両親と訪れたその宿で時間を過ごすうちに、私の中には、両親と昔遊びに来ていたころの自分が、知らぬ間に戻ってきていたらしい。そしてその古い自分は、なぜか息子という出口を通じて、ひょいと顔を覗かせた。4歳の「やっくん」といたわけだから、その私は8歳か。

f:id:hibi2007:20160924005143j:plain:right:w220 8歳の私が、どのように4歳の弟と遊んだのか、私はほとんど覚えていない。6歳だった真ん中の弟とは、大体同じ遊びをした。同じように泳ぎ、同じようにヤドカリを捕まえた。だが4歳の弟は小さかったと思う。彼は私たちと同じ遊びはできず、より多く母親とともにいたはずだ。

 だが私はそれなりに、4歳の弟の手を引き、物を見せ、一緒に遊ぼうとしていたのだろうか。

 卓球台。輪投げ。パターゴルフ。かくれんぼ。4歳の私の息子は今、自分のできる範囲のやり方で、宿の中を遊び回っている。一人だけ来ていた小学生の従兄と一緒に。その子どもたちと一緒になって遊び、両親がその脇におり、そうした時間を過ごすあいだに、私の脳の中で、眠っていた回路──とうに消え失せていたと思っていた回路──が、突然動き出したのだろうか。そしてその目覚めた回路が、4歳の男の子の呼称をめぐって不意に混線したのか。

「やっくん」という名をきっかけにして、なにかの記憶が付随して蘇ったわけではない。あれやこれやの宿の記憶や、子どもの頃の記憶が一時に戻ってきたわけではない。

 ただたんに、私は呼び間違いだけをし、そして呼び間違え続けた。

 それは奇妙な体験だった。私の中に、別の私が確かに眠っている。その私に私は気づくことはなく、その私を呼び起こすこともできない。その意味では、その私はないも同じ。

 だが不意に、過去の私はその健在を主張するかのように顔を覗かせる──いや、声を出す、というべきか。

 宿は来年度の末に、閉じるという。もともと、団体の研修所という性格で、おそらくは財政的に維持が難しくなったのだろうが、詳しいことは私は知らない。来年の夏、私がそこにまた行くかどうかもわからない。だから、その宿で、私が「やっくん」を呼ぶことは、もうないかもしれない。

 しかし私は特段さみしいとは思わない。私の中には、どうやらはっきりと、昔の私が潜んでいるらしいから。8歳の私が。そしておそらく、15歳の私が、22歳の私が。もしかしたら、4歳の私が。

 何がトリガーになるかはわからない。けれど私は、私の中の過去の私にまた遠からず出くわすだろう。過去の私との遭遇は、私を、カレンダーのように一筋に流れる時間とは異なる、飛び石のように非連続的な時間の世界へと連れ出す。

 夏は毎年やってくるが、訪れる夏は新しい夏だけではないようだ。古い夏もまた、ときには私たちのもとへやってくる。

最近いただいた本 その1

もはや、御礼ができていません、とか、紹介が遅れています、とか、言い訳できるレベルではないですが、とにかく御礼をかねてここにご紹介します。漏れがあるかもしれません。ひとえに、私の部屋が片付いていないのが原因です。。

たくさんありまして、記事を分割します。記事を準備している途中にも追加が数冊来て、永遠に公開できない気がしてきましたので orz...


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九州大学と韓国・釜慶大学校、韓国・東義大学校・中国・華東師範大学の教員が参加する「近現代文学と東アジア」研究会の、「なかじきり」の報告書。文学の論文だけでなく、大学での実践報告や、大学改革をめぐる状況のレポートなども含まれる。韓国の大学が今直面する「特性化」の話を読むと、大学を囲む状況はどこも似通っているとあらためて思う。

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京都の伝説的喫茶店「ほんやら洞」をめぐる68名の回想録。私自身は好み背に縁もゆかりもないけれど、回想録はなぜかどれも楽しく読める。不思議なものだ。隣の芝生は青いというが、人の過去の文化体験はうらやましい。芸術化と学者と学生とよくわからない人とが混ざり合える場所は、やっぱり文化が分厚い都市にしかない。京都はやっぱりいいね。

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憲法、教育、アベノミクス、外交、TPP、秘密保護法、などなどなど、批判的な観点から、「安倍政治」を検証する章が並ぶ。岩波の本だけあって、たんなる批判を声高に叫ぶだけの文章が並ぶものとは異なる。自分自身問題を感じているところについては多少の知識はあるものの、しらない領域の方が多いので、勉強になる。とりわけ、菅原琢
氏の投票動向や世論調査の分析には、教えられるところが多かった。

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勉誠のアジア遊学シリーズとして出されている。谷崎の没後50年を記念して上海で行われた国際シンポジウムをもとにした論文集。「中国体験」に焦点を当てているところが、谷崎単独ではなく、近代文学研究全体の、最近の研究動向に沿ったものといえるかもしれない。冒頭の座談会の他、秦剛さんの論考が、中国の文学者との交流に焦点を当てている。

honto.jp
震災など災厄についての、著者のアクチュアルな関心に貫かれた論考集。基本的には文学の論文集だが、第一部はとくに理論的な考察と、自分自身の立ち位置を粘り強く追う論述が主調となっている。ナンシーの分有、ジジェクの9.11を経由した主体論、アガンベンの例外状態論が参照されている。第二部は関東大震災時代を扱った論考群。とくに連載小説(の中断と再開)を視座にしていて、興味深い。

憲法判例からみる日本──法×政治×歴史×文化

日本評論社、2016年9月20日。担当・山田哲史との共著「小説はプライバシーを侵害するのか──「宴のあと」事件」pp.1-20

まさか自分がこういうタイトルの本に関わるとは思わなかった!という1冊が出ました。

憲法判例×歴史」研究会の成果をまとめた本です。もちろん、憲法学系のみなさんの研究会。私はそこに「歴史」担当の一人として、1回呼んでいただきました。

担当部分は山田哲史さんとの共著で、私は文学・文化史のところを書きました。内容的には、既発表の拙論2本がもとになっていますが、チーム・読者が違うと、やっぱり書きぶりや力点の置き場も変わります。法律については素人の私ですが、議論の架橋をどう行うか、いろいろと試行錯誤をしました。勉強になりました。あらためて、山田さん、そして研究会の皆さんに感謝です。

他の章も、君が代起立斉唱事件、東大ポポロ事件(学問の自由・大学の自治)、砂川事件統治行為論)など、興味深いトピックが並びます。詳細目次はリンク先より。ぜひ!

www.nippyo.co.jp

あいちトリエンナーレに子連れて行って思ったこと

あいちトリエンナーレ愛知県美術館会場に行ってきました。

f:id:hibi2007:20160919154008j:plain:right:w180子連れで楽しめる工作コーナー(ダミコ・ルームとかキャラバンファクトリー)があって、そこが今日のお目当てでした。無料でありました。簡単な工作を親子でできるところがあったり、ゲーム感覚で素材や色や見え方のいろいろを体験するコーナーがあったりと、面白いので、近郊の子育て中の方には、おすすめです。

時間が少し余ったので、10階の展覧会の方も見て来ました。

インスタレーションは、予備知識なしで行くと正直あまりピンとこないことが多くて、まあついでに、という程度での気持ち(すいません)で入ったのですが、今回発見したのは、子連れで現代美術観賞は、けっこう面白いかも、ということでした。

子連れで行くと、

  • 「難しく考えよう」とそもそも思わない(思ってられない)
  • 面白いところと、すっ飛ばすところのメリハリがすごい
  • 引っかかるポイントを、子どもが作ってくれる
  • 子どもに「翻訳」しようとする過程で、頭がほぐれる
  • 子どもの反応を見て、見方の「解」の一つを知る

というようなメリットがあります。

f:id:hibi2007:20160919154533j:plain:left:w180 たとえば、小さな飛行機があって、翼が一つ取れていた。そこまでは私も気づいたけれど、子どもは少し先に行った人形がその翼を持っていることに気づいた。おー、すげー、おもしろい、ここにストーリーが!みたいな発見とか。

裸足になって入った部屋の、真っ白な廊下で、うれしくなってくるくる回り始めた子ども。反応が身体表現ですぐに出てくる。そうそう、そういう浮遊感とか、ふわふわ感とか、くるっとまわりを見回したくなる感じとか、制作者は出したかったんだろうね、みたいな。


また、トリエンナーレはお祭りなので、ちょっと観衆の雰囲気がゆるいのもあって、子連れでもあまりピリピリしなくてすみました。ほっておくと触りそうになるので、監視はしつづけましたけれども。


上記、美術展の見方としては変則的ですし、きちんと作品に向き合えなかった展示も多いので、その点申し訳ない次第ですが、個人的には新しい発見でした。


あいちトリエンナーレは、10月23日までやっています。色んな会場があるようです。1800円のチケットで、通しで各会場1回ずつ行けるようです(無料のところもけっこうあります)。肩肘張らず、行くと面白いと思いますよ。


公式サイトは、こちらです。あいちトリエンナーレ2016

東アジアと同時代日本語文学フォーラム 名古屋大会(告知第2弾)

10月末に、「東アジアと同時代日本語文学フォーラム 名古屋大会」という国際研究集会を開催する運びとなりましたので、ご案内を申し上げます。

「東アジアと同時代日本語文学フォーラム」は日本、韓国、中国、台湾の日本研究者が各地域を毎年巡回しながら一堂に集う国際研究集会です。これまでソウル、北京、台北で開催されてきました。今年は名古屋大学博物館明治村を会場として開催します。

各地域の大学院生たちによる発表集会「次世代フォーラム」と、シンポジウム「集団の記憶、個人の記憶」が主なプログラムです。詳細な要領、プログラムは下記およびリンク先ウェブサイトをご覧下さい。

どなたでもご参加いただけます。ぜひ、秋の名古屋大・博物館明治村へお越し下さい。(なお博物館明治村で開催される30日のプログラムについては事前申込と、明治村入村料などが必要になります)

「第4回 東アジアと同時代日本語文学フォーラム 名古屋大会」
Forum on East Asia and Contemporary Japanese-Language Literature in Nagoya

名古屋大会テーマ「集団の記憶、個人の記憶」
開催日程・2016 年10 月28日(金)~30日(日)
場所・28日 名古屋大学文系総合館7Fカンファレンスホール他
   29日 名古屋大学アジア法交流館AC​ホール
   30日 博物館明治村 第四高等学校物理化学教室


公式ウェブサイト(趣旨、スケジュール、発表要旨、アクセス、申し込みなど)
http://nagoyauniversity.wixsite.com/jl-lit-nagoya


  • 主催 東アジアと同時代日本語文学フォーラム
  • 共催 「昭和モダンの展開/転回-1930〜40年代東アジアにおける文化翻訳のポリティクス」​(JSPS科研費26370430)
  • 後援 名古屋大学大学院文学研究科、名古屋大学大学院文学研究科附属「アジアの中の日本文化」研究センター、九州大学大学院地球社会統合科学府言語・メディア・コミュニケーションコース、高麗大学グローバル日本研究院日本語文学・文化研究センターおよび高麗大学BK21PLUS 中日言語文化教育・研究事業団、北京師範大学外国語学院日本語科、台湾輔仁大学外国語学部日本語文学科
  • 助成 国際交流基金東芝国際交流財団、鹿島学術振興財団、名古屋大学国際会議助成金


問い合わせ先
日比嘉高名古屋大学大学院文学研究科)
yshibi[at]lit.nagoya-u.ac.jp

nagoyauniversity.wixsite.com