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日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

「自民党サークル」はありなのか――18歳選挙権と大学の中の政治

大学はいま

大学に「自民党サークル」

18歳選挙権の法案が成立した直後に、次のようなニュースを目にした。

 自民党青年局は17日、選挙権年齢を「18歳以上」に引き下げる改正公選法成立を受け、党の政策に理解を求めるため、各大学に「自民党サークル」を設けることを柱とする対策をまとめた。若年層の支持獲得が狙いだが、大学に政党が関与しすぎれば反発も出そうだ。

 青年局などによると、党所属議員が卒業した大学やOB、現役学生に働き掛け、サークルの設置を促す。学内で党員獲得も図る考えだ。議員には、新たに有権者となる大学生らと積極的に交流するよう要請する。

 党は3~4月に各都道府県連に対し「学生部」の設置と、学生組織の運営などを担う「学生担当役員」の新設を指示した。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2015/06/17/kiji/K20150617010562220.html

www.sponichi.co.jp


大学関係者なら目を疑い、困惑せざるをえない内容である。

大学の教職員による4月の学生ガイダンスの定番の一つに、「危険なサークルに注意しましょう」という呼びかけがある。多くの場合、宗教的カルト集団の偽装サークルなどを念頭に置いているのだが、大学によっては政治団体もこれに含めているところもある。

大学内での学生の政治活動は本来自由であるが、現代の大学においては、特定の政治団体と結びついたサークルの活動はあまり目だたないか、目だったとしても人気がない。教職員が注意しなくても、先輩の学生たちは自主的に「気をつけた方がいいサークル」について注意喚起し合っていて、その中には政治色が強いサークルも入っていることが多い。

大学生にとってのサークル

大学生にとって、サークルの存在はとても大きい。私自身も経験があるが、新入生の頃、まだ大学内で知り合いが少なく、つながりを求めているときにサークルの仲間や先輩の存在はとても大きい。

授業以外の時間をともに過ごす仲間になるし、大学のこと、アルバイトのこと、就職のこと、個人的悩み、その他あらゆることを相談できる先輩や同級生たちが、そこにはいる。大学を卒業したあとにも付き合いが続くことも多いし、結婚相手に出会うことだって珍しくない。

4月の大学のキャンパスはとても賑やかだ。さまざまな部活やサークルが、さかんに新入生の勧誘活動を繰り広げている。新入生たちも、そうした人波の中を回遊し、チラシをもらい、話を聞き、そしてそれぞれの居場所を――どこにも入らないという選択肢も含めて――見つけていく。

大学生にとってのサークルは、単なる同一の趣味の人たちの集まりではない。彼らの生活と思考の大きな部分を占め、人生の一部となる。

だからこそ、教職員は神経をとがらす。危険なサークルに入れば、大学のカリキュラムからドロップアウトする。下手をすれば、大学に来なくなり、社会的な生活そのものからも遠ざかっていく。親たちの目は厳しい。大学のサークルが起点になって、子どもが道を誤ったとしたら、大学の管理責任を問われてもおかしくない。

大学での政治活動はダメなのか

「自民サークル」に話を戻せば、だが話が簡単ではないのは、大学生が政治に関心を持つのは当然であるどころか、むしろ推奨されるべきことであるということだ。

若者の投票率は高くない。私ももっと学生たちが政治に関心を持って欲しいと思っている。選挙は、自分たちの生活や将来に関わる大事な問題が決められていく社会的なプロセスだ。主体的に関わらなければ、すでに政治に関わって利権を握っている人々が、その利権をさらに増大させるという結果が待っている。私たちの社会は、私たち自身が主体的に作らなければならない。

投票権を持つ年齢が18歳以上となり、日本国籍をもつ大学生のほぼすべてが有権者となった。彼らの動向に社会的な関心も向いている。大学に不在者投票所を設けてはどうかというアイデアをどこかで読んだことがあるが、いいアイデアだと思う。大学のキャンパスで、もっと政治の話をすればいい。

政党が促すということ

しかし、政治団体が直接的に大学のキャンパス内の政治活動に関わってくるような事態については、私は大きなためらいと不安を感じる。

想像してみよう。4月、新入生たちが入学式の会場からあふれ出る。入り口にはさまざまな部活やサークルの先輩たちが意匠を凝らして勧誘に殺到する。そのなかに、A党、B党、C党、D党・・・のサークルもまた参加しており、それぞれのシンパの新規獲得を目指す。

私たちの歴史は、こういう風景を知っているだろう。私自身は目撃したことはないが、おそらく学生運動が華やかだった時代のサークル活動とは、このようなものであったはずだ。

そして私たちは、学内で政治活動が高まったときに、何が起こったかもまた知っている。政治サークルの並立が、他のサークルの並立と異なるのは、政治思想の異なるサークルは敵対関係になりやすいということだ。そしてその政治サークル(セクト)が過激なものとなっていったとき、対立は暴力さえ呼ぶ。そして私たちの社会は、少なからぬ大学生の死者さえ出したはずだ。学生たちが政治信条のもとに殺し合った歴史を、私たちの社会は遠くない過去に経験してきたのだ。

なぜ「サークル」なのか

私が一つこのニュースを読んで自民党青年局の真意がどこにあるのか惑っているのは、この動きが選挙権の18歳への引き下げと連動して出てきたということである。

考えるまでもなく、大学にはこれまでも有権者たちが数多くいたのだ。しかし自民党を始め各政党は、こうした動きを見せなかった。少なくとも表立っては。しかし18歳に引き下げになったとたん、自民党は「サークル」というかたちでその影響力を学生たちに及ぼそうとしてきた。

どうして「サークル」なのか。講演会でも、セミナーでもなく。どうも私には、大学の新入生という不安定な存在をターゲットにしているように思えてならない。18歳はたしかに大人であろう。だが、環境が変わった直後の人間は不安になり、つながりを求める。大学生にとってのサークルは、大学の教職員目線で言えば、大学がサポートできない部分をサポートしてくれる、学生たちの自助的組織だ。

そういう新入生をターゲットにしているとしか思えないこの動きに、一教員として、私は本当に困惑する。それは、新入生の不安定さにつけ込み、政治的な信条を植え付け(「オルグ」し)、利益誘導し、生活を巻き込み、そして卒業後の進路や思想までもコントロールしようという試みに見えてしまうのだ。「党員」にするとは、そういうことだ。

現代の政治的風景の中で

最後に、今回のこの動きが1960、70年代の学生運動のときと決定的に異なるのは、これを言い出しているのが政権与党だということも指摘しておいた方がよいかもしれない。学生運動は反体制運動だった。今回の動きは、与党から出てきた。この違いは、大きい。

与党は権力と利益(の配分権)を握っている。そこには当然、お金や情報や権利が集まり、人が集まる。だからこそ、政権与党には強い倫理性が求められる。大学にできる「与党サークル」は、他の「野党サークル」とはそこが決定的に違う。大学生たちは、社会人に劣らず利益に敏感だ。とりわけ就職活動を見据えている彼らは、自己に有利なコネクションに魅力を感じることだろう。

そうして、与党は肥大化する。それこそがまさに自民党の狙いだろう。

もう一つ。もし仮にこの自民党の取り組みが口火を切って、大学学内に政治サークルが乱立するような時代になったとしたら、どうなるか。現代は60年代、70年代とは違ったあり方で、過激な政治的な活動が起こってもいる。たとえば、外国人や外国籍の人々を狙った排外主義運動が、学内に飛び火する――。どうか悲観的すぎる私の妄想であって欲しいが。それは、グローバル化の進行する大学が足もとで向き合う、一つの悪夢の光景である。

文系学部の廃止削減、大学の機能別分化という名の再序列化、地域間の就学選択格差、そして職業訓練大学――。こうした「大学改革」に揺れるキャンパスの中に、今度は政党が政治の手を伸ばしてくる。

私たちの大学は、いったいどこにいくのだろう。