日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

(論文)亡霊と生きよ――戦時・戦後の米国日系移民日本語文学

木越治・勝又基編『怪異を読む・書く』国書刊行会、2018年11月所収、pp.443-461

(要旨)

この論考は、米国日系移民の日本語文学を主な検討の対象としながら、亡霊と記憶と文学をめぐって考えたものである。分析の対象とする作品は、戦後の米国日系人が刊行した日本語雑誌『南加文藝』所収の小説や詩歌、追悼記事、そして戦後の米国日系新一世による短編小説であるスタール富子「エイミイの博物館(ミユジアム)」、最後に戦時下の反米プロパガンダ移民小説である久生十蘭『紀ノ上一族』である。

亡霊とあわせて本論考が焦点をあわせるのは、記憶とその相続である。導きとなるのは、ジャック・デリダの亡霊論(『マルクスの亡霊たち』)である。米国に限らず、日系人の日本語文学に固有の問題として、継承の困難さがある。日本で生を受け、その後移住地へとわたった移民一世は当然日本語を話すが、二世の多くは現地の言葉を主言語とするようになる。これにより、世代間のコミュニケーションの難しさが生まれるだけでなく、文学的にも断絶が引き起こされる。日系人の日本語文学は彼らの経験を伝える記憶のメディアだといえるが、そのメディアの中に形作られた記憶は、誰に手渡しうるのかという問いにさらされる。消え失せていく一世とその日本語の文学は、いかにして忘却にあらがうのかという問題系がここに立ち上がる。

戦時をくぐり抜け戦後を生きながらえた日系日本語文学は、数多くの仲間の、家族の、そして作り手たち自身の死を経験する。そこで文学の言葉は、死を語り、死者を語り、ときに死者に語らせはじめる。記憶の継承を求めた日系人の文学は、言葉を換えれば、のちの読者であるわれわれに、死者の言葉に耳を澄ませるよう求めているといえるかもしれない。死者を語る移民の言葉に耳を澄ませ、亡霊をして語らしめたい。


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紹介『怪異を読む・書く』、あるいは木越治先生の追想

最近共著として国書刊行会から出版した『怪異を読む・書く』について紹介をしたいのだが、順を追って木越治先生との思い出から書く。本書は、木越先生の古稀記念出版として企画され、そして予想もしなかったご逝去を受けて、御霊前に捧げる追悼論文集となってしまったものである。

怪異を読む・書く

怪異を読む・書く

木越治先生のこと

近世文学研究、なかでも上田秋成の研究者として知られる木越治先生は、教養教育を担当する先生のお一人として、私の前に現れた。金沢大学の学部生のときだった。

先生の教え方は、必ずしも体系的なものではなかった。そのときそのときの先生の関心を直接的に反映させたテーマ設定がされていて、江戸文芸を扱うこともあれば、源氏物語を扱ってパソコンへのテキスト入力と組み合わせるような授業をされたこともあったと記憶する。

近代文学で卒論を書こうとしていた私にとって、近世がご専門の木越先生は近い先生とは言えなかったはずだが、いくつかのきっかけがあって卒業後もお付き合いをさせていただくような関係となった。

一つは、源氏物語を扱った授業のレポートで、比較的良い評価をもらったことだと私は思っている。先生の点は辛く、普通に受講し、普通にレポートを書いた学生たちが、何人も単位を落としていた。私は、六条御息所の生霊の歌を軸にしながら、同じぐらいの時代のいくつかの似たような魂が離脱する表現の歌と組み合わせ、クリステヴァのインターテクスト論の味付けをしてレポートに書いて、良い点をもらった。「クリステヴァ使わなくても言えるよね、これ」と先生に笑いながら言われたことを覚えている。角間キャンパスの国語国文研究室にいたときだった。文学理論をつかってレポートを書いたのはこれが初めてだった私は、それを受け入れてくれた木越先生という先生に親しみを持ったし、おそらく先生も、授業でやったこととは異なる妙なレポートを書いた学生に関心を持たれたのかもしれない。そのときの先生の採点は、完全に、授業を理解したかという観点ではなく、それが論考として面白いかというただ一点からされていたように思う。

もう一つのきっかけは、パソコン講習会だった。1993年とか94年のことだったはずである。木越先生はパソコンに関心があり、正規表現を使ってデジタル・テキストを比較したり置換したり並べ替えたりという作業が、文学作品の本文校訂や本文理解の手助けになるという見込みをもたれていたと思う。(たんに新しもの好きだった、という面もきっとある)

当時、文学部の学生の大半は、ワープロ専用機を使っていて、数%はまだ手書きでレポートや卒論を書く時代だった。そんな中、パソコンを使うということは、とても珍しいことだった。先生が授業外でパソコン・ゼミをすると学生を誘ったとき、私はなんだか面白いことが始まりそうだという強い関心を持っていそいそと参加した。

この部分を詳しく書くと長くなりそうなので端折るが、私はそのゼミや、そのゼミ以外の私的な交流の中で、先生やその周囲の人たち(本書に執筆されている高橋明彦さんもそのお一人だった)から、正規表現を使ったgrepsedなどというコマンドの使い方を習い、短いバッチファイルを書くことを覚え、MS-DOSの中古ノートパソコンを買い、そのカスタマイズの仕方を教えてもらった。vzエディタを薦められ、後にLatex組版して印刷するようになった。現在、HTMLで個人ページを作り、ブログを書き、TwitterFacebookをやっている私の、パソコン文化との接点を作って下さったのは、木越先生である。

金沢市大場のご自宅にも、二三度お邪魔したことがある。すきやき会をして下さった。奥様の秀子さんやお嬢さんもいらした。俊介さんとも、そのどこかでお目にかかったのだと思う。

自分の肉体を形作っているのは、両親から受け継いだ形質であるわけだが、大学教師としての自分を形作っているのは、自分が教えを受けてきた数多くの先生方なのだと最近しばしば感じる。私は学部と大学院が別だったし、大学院では二つの研究室の授業を半々ずつぐらいで取っていたから、「先生」の数が多い。直接の指導教員だった金沢大学の上田正行先生や、筑波大学大学院の名波弘彰先生はもちろんだが、金沢の島田昌彦先生、古屋彰先生、西村聡先生、筑波の荒木正純先生、阿部軍治先生、今橋映子先生、宮本陽一郎先生、池内輝雄先生、新保邦寛先生の授業や学生への接し方の端々が、自分が自己認識する教師像を形作っていることを感じる。むろん、人は他人にはなれないので、先生たちの「いいとこ取り」を我流で目論んでいるだけなわけであるが。

木越先生も、もちろんそのお一人である。私は木越先生のざっくばらんな学生との接し方が好きだったからそれをまねたいと思っているし、先生の厳しく戦闘的な研究者としての態度はあこがれであるし、何事に付けても好奇心旺盛で研究の世界に留まらず周りの人を巻き込んでいく人間としてのあり方に、学びたいと思っている。

先生はもう去られてしまったが、先生の残してくださったもの──情けないことにそのわずか一部であるが──は、私の中に残っていると感じている。

先生、ありがとうございます。

『怪異を読む・書く』

本書は、『怪異を読む・書く』と題した論文集である。集まったのは近世文学と近代文学の研究者26名である。490頁に迫る大冊となった。

方法論的な統一性があるわけでもないし、時代ももちろんバラバラである。したがって、通読してなにか全体像やビジョンのようなものが見えてくるようなそういう本ではない。

だが収められた論文は、高質である。不勉強と怠惰から、古典文学の論文に目を通す機会が少ないのだが、今回「怪異」を軸にした論考を読み重ねていって、その精緻さと、同時に展開する時代へのまなざしの鋭さ、面白さに何度も感嘆した。

やはり、「わからないこと」ににじり寄っていく挑戦的な研究には読み応えがある。近現代の材料を扱っていると、テキストの中も外も見当がつくことが少なくない。けれど、古典の世界はそうではない。古典の世界を「現代風に」読むことはよくあるし、それも裾野を広げる意味では重要だけれども、現代人とは違う世界観、感性を生きていた人々の姿が、そうした現代化によって消し去られてしまうことも確かだ。

今回の論文集のなかのいくつかは、作品の表現を精読し、同時代の資料と組み合わせながら、怪異をめぐる「時代の感性」をあざやかに切り取っていた。西村先生の「〈鉄輪〉の女と鬼の間」、西田耕三さんの「怪異の対談」、風間誠史さんの「怪異と文学――ラヴクラフト、ポオそして蕪村、秋成」、勝又基さんの「都市文化としての写本怪談」が私は好きである。

近代文学を対象とした論考もいくつか入っている。夏目漱石泉鏡花小林秀雄徳田秋聲、そして拙論の日系アメリカ移民文学である。(拙論については、記事を改める)

もちろん、木越治先生の御論考もある。既出論文の再掲となったが、上田秋成の『雨月物語』を論じた「Long Distant Call――深層の磯良、表層の正太郎」が収められている。また丸井貴史さん編の「木越治教授略年譜・著作目録」も付された。

目次の詳細は、以下にある。どうか、関心のあるところから読んでみていただければ幸いである。
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小説は東日本大震災を描けるのか?~「美しい顔」騒動から見えるもの(毎日メディアカフェ)

震災の表現と「剽窃」問題で議論になった「美しい顔」を起点に、ジャーナリストの石戸諭さん@satoruishido とトークイベントを行います。

「小説は東日本大震災を描けるのか?~「美しい顔」騒動から見えるもの」
石戸諭×日比嘉高
10月11日18:30~
毎日メディアカフェ

mainichimediacafe.jp

関連する記事・番組などについて(日比「美しい顔」関係)

2018.7.17 AbemaTV 「AbemaPrime」に出演・コメント
2018.9.1 日経新聞「小説「美しい顔」類似論争、「事実と創作」議論欠如に原因、作家のモラルの問題、参照記載ルールなく(文化)」朝刊 40ページでコメント

勉誠出版がネトウヨ化しているという悲報に接したあと自省した夜

(2018.08.12追記)この問題のあと、Twitterで以下のタグが出現して、盛り上がっています。Twitterらしいスマートな応援の仕方で、いいですね。私もちょっとだけ推挙しておきました。
twitter.com

以下オリジナル本文です。



勉誠出版ネトウヨ化しているというツイートを見て、へ?と見に行ったら、ほんとにすごいことになっていた。
e-bookguide.jp
なんかゴタついたり、知り合いの編集者が出ていったりしていたが、こっち系の悶着もあったのだろうか…

■個人的にも、けっこう心のダメージ大きい。
こうなっちゃったことについてもショックだが、こうならざるをえなかった出版の現況を、突きつけられる。
藁をもすがる。愛国阿片をもすがる、出版の今。
しかも良心的な本を出してきた学術出版社が、だ。

■業界の人間の一人として、単純に勉誠出版を責めて終わりにはできないと感じている。もちろん、勉誠のこの路線は、到底容認できないが。
我々書き手は、何をしてきたのか、できてきたのか。

■と、こんな風に自省ブーメランが帰ってきたのは、つい昨日、某出版企画に×がついて返ってきたから。
声をかけてくれた編集者の人がいて、新書系・選書系の話だったんだけど、その方と二人でいろいろ相談して、企画を出した。
そしたら、編集会議で×だった。

■理由は、その出版社が文学系が弱いから、そしていま経営的に厳しいから、ということだった。要するに、文学は売れないから、ということだと受け止めた。
頂戴したメールをみる限り、その編集者も他のメンバーもその状況を是としているわけではなく、(お愛想もあると思うが)私の企画そのものは面白いと言ってもくれた。
がまあ、結果が×である以上、それは×である。
文学は売れない。文学研究はその数十倍売れない。

■いやお前の研究がダメで、企画もしょぼいのだという批判は甘んじて受けるが、状況が厳しいのは、だれも否定はできまい。

■そんな何百回繰り返してきたんだという繰り言を反復しているのは、だめならやり方を変えてみよう、とあらためて思うからである。
文学がそのままで売れないなら、売れるように工夫をするべきである。
(ここでいう「売れる」は、売上額ではなく、読者数に軸をおいて考えたいものである)

■それはきっと「文学」の形も、「研究」の形も、「学会」の形も、「出版業界」の形も、それらのつながりのあり方も、変容させていくことであるに違いない。

■研究者は、その論文が誰に向かって書かれているのか、何のために書かれているのか、をもう一度自問した方がいい。田山花袋の研究? OK、やるといい。けどそれは何のためで、誰のためだ。
幸か不幸か、論文の書き方のフォーマットは決まっている。先行研究を調べて批判して課題設定して、資料を読み直して、新しい知見を導き出す。フォーマットが決まっている結果、「何のため」「誰のため」という問いから、書き手は免除される。

■勉強しはじめたぐらいの院生だったらそれはしかたがない。けれど、博士論文を書いて独り立ちしたあと、「何のため」「誰のため」に向き合わなかったら、だめだと思う。向き合わないということは、既存の研究の枠組みを無自覚に再生産することに荷担する。業界が元気ならいい。再生産しているうちに右肩上がりになっていくから。そうじゃないとき、再生産は、そのまま袋小路につながる。

■学会も同じである。フォーマットの決まった研究のマナー、フォーマットの決まった評価軸、フォーマットの決まった学会運営を続けていったさきには、縮んでいく業界の姿しか浮かばない。

■個人的には、方向性の一つははっきりしている。これは友人の研究者たちと出した編著の副題でもあるのだが、「文学〈で〉考える」ということである。「文学〈を〉」ではない。文学そのものを自明なターゲットにしたとき、文学の凋落とともにそれをめぐる言葉も沈んでいくだろう。
だが、文学をある種のゲートウェイとして、その先の世界に出て行くならば、話は違うはずだ。

■あとは、人文科学系の産学連携の相手は、出版業界が基本だということをもうちょっと自覚したいものだ。出版社を、自分の研究を印刷して売りさばいてくれる業社ぐらいに考えている人は多いのではないか。印刷の下請け、みたいな。
そうではなくて、彼らとは持ちつ持たれつのパートナーだということ、アイデアを出し合い、新しい挑戦をしていく仕事仲間だということを、改めて確認したい。

■研究と研究の言葉と世界とのつながりのあり方を、結び直す。自分たち自身の姿を変えていく。
そういう努力が必要だと、冒頭の悲報に接しつつ自省した夜であった。

「美しい顔」とそれが提起した問題についての補遺

1.

「美しい顔」は、つくづくかわいそうな作品になったと思う。私は、この作品が世に出てきた時とても褒めたし、今でもよい作品で「ありえた」小説だと思っている。作者もポテンシャルの高い人なんだろう推定している。

2.

この問題に首を突っ込んで以来、しばしば「剽窃の問題を抜きにして、この作品の文学的価値は高いと思われますか」的な質問を受けた。聞き手は私に「そうだ」という答えを期待していたのだと思う。数少ない(たぶん)擁護者役として。

けれど、もうこの作品は「剽窃の問題を抜きにして」読むことは、誰にもできなくなっている。剽窃問題について完全に無知な読者を除いては。

「文学的価値は高いのか」と問う人たちは、「文学的価値」が他のさまざまな基準から独立的に評価しうる、つまり文学の領域の自律性のようなものを、知ってか知らずか前提としていると思う。もちろん、そんなことはありえない。文学は、その社会が持っているさまざまな価値基準と強く結びあっているから。

3.

私が昨日からもっともがっかりしていることは、金菱さんがその主意を明らかにした、作者から金菱さんへの私信の内容である。

作者の北条裕子氏からいただいた私(金菱)への手紙によれば、震災そのものがテーマではなく、私的で疑似的な喪失体験にあり、主眼はあくまで、(彼女自身の)「自己の内面を理解することにあった」とある(私信のため詳細は省く)。

http://shin-yo-sha.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-4c87.html

作者よ、それをいっちゃぁ、おしまいだよ。

「美しい顔」は、ほんとうにかわいそうな作品になってしまった。「美しい顔」の主人公サノ・サナエの暴れ回る自意識の葛藤とそこからの救済のストーリーは、震災直後という物語世界の設定と切り離すことなどできない。だが、作者は、サナエの葛藤を「私的で疑似的な喪失体験」だと言ってしまい、「(彼女自身の)「自己の内面を理解すること」という、正直言って読者にとってどうでもいい問題に限定してしまった。作者の言葉は強力だから、以後、これを読んだ読者はこの読解の枠に従って「美しい顔」を読み、被災地の人々の思いを踏みにじり、個人的な都合によって場所と設定だけを借り、あまつさえ先行する文献から表現をかすめ取った、どうしようもない作品として、葬り去ろうとするだろう。

4.

「美しい顔」の本文は、発表以来、今日に至るまで一言一句、変わってはいない。群像新人文学賞を獲得し、審査委員から激賞を受け(全員ではないが)、さまざまな批評も相当好評で、Twitter上でもかなりの高評価をいくつもみかけた。それが剽窃問題の提起以来、一気に流れが変わっていった。

小説の本文が微動だにしなくても、外部的な要因によってここまで評価はかわりうるという、小説の受容論にとってまたとない好例が、新たに文学史に付け加わった。

5.

ただ、前回のブログ記事にも書いたことだが、「美しい顔」の「剽窃」問題そのものよりも、この論議が提起した問題の方がむしろ私にとっては──私たちにとっても──大事である。それはフィクションとノンフィクションの関係性/差異/同一性/乗り入れの問題であったり、小説とその材料の問題であったり、弱者やマイノリティや言葉を発しがたい人々の「声」をどう聞き、どう代弁するのか/しうるのか、という問題である。それは私自身が小説のモデル問題や、移民文学、植民地文学の角度から、文学研究の世界で取り組み続けてきた課題と重なっている。

昨日、AbemaPrimeという番組でご一緒した石戸諭さんともぜひやりたいと一致したのだが、(石戸さんの論点はこちら→ 流用疑惑の芥川賞候補「美しい顔」 それでも高く評価される理由とは?(石戸諭) - 個人 - Yahoo!ニュース、これら問題は、ノンフィクションライターや新聞記者、小説家、批評家、人文社会学系の研究者らが、共通の関心の中で議論を交わせるよい論題だと思っている。

冷たい言い方に聞こえるかもしれないが「美しい顔」については、もうしばらく忘れていいと思う(もちろん、犯した失策について作者が必要な措置をするべきことは当然として。ついでにいえば芥川賞を逃したこととも無関係に)。それよりも、この間の議論が惹起した論題について、せっかくだから意見が交わせればいいなと私は思っている。

そういう場を設けませんか、とここで提案しておきたい。

6.

「美しい顔」がほんとうによい作品なのかどうかは、時間が裁くだろう。よい作品であるならば、必ず何年後か何十年後かに、誰かが発掘し、再評価が起こるだろう。起こらなければそれまでだ。

7.

なお、文学作品の剽窃問題について関心のある人で、まだ栗原裕一郎さんの『〈盗作〉の文学史──市場・メディア・著作権』や、甘露純規さんの『剽窃文学史──オリジナリティの近代』を読んでいない人は、ぜひお薦めする。

〈盗作〉の文学史

〈盗作〉の文学史

剽窃の文学史―オリジナリティの近代

剽窃の文学史―オリジナリティの近代

今回のような事例が、あきれるほど繰り返されてきた我国の近現代文学史を概観/深掘りできる。消えていった作者もいるし、事件を乗り越えた作者もいる。乗り越え方もさまざまだ。

北条さんが私のこの文章を読むことはないかもしれないけれど、歴史を踏まえたエールとしてお送りしておきます。

「美しい顔」の「剽窃」問題から私たちが考えてみるべきこと

1.剽窃がアウトなのは当然だが、問題の核心はそこにない

第159回芥川賞の候補作となった北条裕子「美しい顔」が、他人の作品から表現の「盗用」を行っているのではないかと指摘を受け、議論になっている。「美しい顔」は六月号で発表された群像新人文学賞の受賞作で、選評でも激賞とも言える高い評価をえていた。直後の文芸批評でも軒並み高い評価だったといっていい。私も現在担当している『文學界』の新人小説月評で、前半期の第一位に推した。

作品は、東日本大震災とその被災者の姿を直接的に描いている。主人公は津波で母を失うことになり、幼い弟とふたりで生きて行かざるをえなくなる女子高校生サノ・サナエである。地震の発生、町を襲う津波、押し流される家々と人(友達も)、避難所生活、そこに闖入してくるメディア、見つからない母とその遺体との対面、強いストレスにさらされながら必死で生きる弟、そして親戚のもとへの避難。こうした一連の出来事が小説の主筋である。作品は、サナエの主観性の強い一人称語りで進行する。限界状況の中で暴れ馬のように疾走するサナエの自意識が、連綿と綴られていくところが本作の語りの特徴となっている。(ノンフィクションを「剽窃」した作品と聴いて本作を読み始めた読者は、面食らうことになるだろう。)

問題の外形は下に示す報道の通りなのでここでは省略する。本作品の中には、石井光太氏のルポルタージュ『遺体 震災、津波の果てに』(新潮社、2011年)や、金菱清氏らが編集した証言集『3・11 慟哭の記録』(新曜社、2012年)などから、小説の本文とまったく同一の文章や、類似した表現、物語のエピソードのヒント(モチーフ)をえたらしき箇所が、複数あるとされている。
www.sankei.com

関係者の主張や説明、謝罪などのリンクは末尾に掲げておいた。リンク先の文書には講談社と新潮社による時系列の説明もあり、事件の展開をたどることができる。


小説には石井氏の『遺体』と同一の表現がある。この部分(あくまで「同一の表現」のみを指す)に関しては、もちろん擁護することはできない。著者と講談社は非を認めているが、単行本など刊行を考えているのなら、修正を行って出す必要があるだろう。

だが、私が書いてみたいのは表現の盗用問題それ自体ではないし、関係者の対応についてでもない。今回の議論の広がりを見ていくうちに、私は次第に違和感が募ってきた。その違和感は「剽窃」疑惑を出発にしているが、むしろ表現の盗用の問題それ自体ではなく、そこを起点に繰り広げられた議論の展開に向いている。問題は大きくいって3つだ。

2.小説は他者の言葉を奪ってよいのか  〈論点1〉小説の表現

一つめは、「剽窃」「盗用」をめぐる小説の表現に関わる問題である。他人の書いた文章をことわりなくそのまま用いれば、たとえ小説と言えど盗用にあたる。では、内容はほぼ同じまま表現の文言を変えたらどうか。あるいは出来事の経緯を借用しながらそれを表す言葉は自分で作りだした場合には? 

小説の表現をめぐっては、こうしたテクニカルな論点以外に、もっと原理的な問題もある。金菱氏が主張しているのがその点である。

震災から7年が過ぎ、被災地に一回も足を運ばず、作家の想像力でディティールの優れた小説が生まれたこと。これが作品の評価のようです。北条さん自身もわざわざ被災地に足を運んでいない事実を書いています。

 しかし、小説は想像力で書かれたのではなく、彼らの言葉を奪うことで書かれたものでした。

 最初から明かしているならともかくーーその場合でも表現はかなり依拠していますがーー手記を使ったことを初出では明らかにせず、行ったことがないという事実を誇っている。これが「敬意を欠いている」と思う理由です。

 作家も、記者も、学者も言葉を扱う職業です。法的な問題以上に、「被災者、個々人の言葉」を利用する姿勢そのものが問われています。 (強調は日比による)

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishidosatoru/20180707-00088468/

小説は、他者の声を奪って許されるのか、というマイノリティ表象やポストコロニアル的問題につながる論点である。

小説家が小説を書くときには、さまざまな文献を読み込み、人や事件を観察し、聞き取りを行い、そうした材料をもとに創作行為を行う。種のない小説はありえない。ただ、金菱氏が指摘している問題は、こうした「程度問題」とは別の次元にある悩ましい論点だ。

小説は、いやあらゆる表現は、表象=代行である。現実の人や実際の事件や言葉を置き換えて、表現行為は行われる。その置き換えの際に、収奪が起こっていないか?ということだ。具体的今回の場合についていえば、小説「美しい顔」は被災者の言葉を奪ったのか。奪ったとして、それは許されるのか許されないのか。

現実の存在を相手にする限り、収奪は必ず起こる。それは小説だけにはかぎらない。ルポルタージュであろうが研究論文であろうが新聞記事であろうが、何か「について」の言葉は原理的に収奪から自由ではない。

では、問題は「敬意」だろうか。収奪は必ず起こるとして、「敬意」のあるなしが――その具体的表現として、出典明示や謝辞の表記、あるいは事前の相談など――問題だろうか。職業的な礼儀としても、現実の処世術としても、それは重要だろう。だが、言ってみればそれは当たり前のことだ。新人小説家が、新人賞に応募し、当選し、世に出て行くときの、目まぐるしい急流の中で、その「当たり前」をやりそこねた。編集担当者も、気を回せなかった。それは、反省するしかないし、作家はその失敗をこれから引き受けるしかない。

しかし、本当の問題はそんな礼儀や仁義云々ではない。表象の言葉はどうやっても他者の言葉を奪う。それは「必要悪」なのだろうか。私はそういう必然的な収奪を指して、「小説は罪深い」などというロマンチックな物言いをして終わりにしたくはない。

小説の言葉は奪うが、奪ったままにはしない。小説がそこで行うのは、奪ったものを再編集し、意味を与え直し、別の社会的文脈へと差し戻していく作業だ。小説とノンフィクションの言葉は、事実性をめぐる言葉の指向が違うが、それだけではない。社会に向かって戻されていく道すじが違う。具体的には、メディアが違い、読者が違い、関心領域が違う。

小説の言葉は奪うが、自分自身のために奪うのではない。「収奪」は、社会的な意味変換装置としての小説の機能の、ほんの一面でしかない。小説は収奪するかもしれないが、その先で放ち直している。

3.小説は現地に行かなければ書いてはならないのか  〈論点2〉当事者性、現場性

巨大な大地の揺れの恐ろしさは、経験した者にしかわからない。故郷が放射能で汚染された者の怒りは、そこに住んでいる(いた)ものにしかわからない。津波で家を押し流され家族を失った者の苦しみは、遺族にしかわからない。そのとおりだ。異論の余地はない。

原発のことを語りたいのなら、一度は福島の被災地に行け。震災後の復興のことを語りたいのならば、岩手の、宮城の、町々を訪ねよ。新聞やテレビだけではなく、直接、そこに住む人々の声に耳を傾け、自からの目で見、肌で感じよ。たしかに、それが望ましい、と私も思う。

経験の力は強い。そして私たちの社会は、それに重きを置いている。当事者が一番知っていて、当事者の思いや感覚こそがもっとも尊重されるべきである。その次には、当事者に寄り添っている人たちが、当事者を代弁する権利を持つ。距離は近ければ近いほど、捧げた献身は、深ければ深いほど、強い。そして強い者ほど発言力を持つ。

このような序列が機能する理由はよくわかる。当事者こそがもっとも苦しんでおり、もっとも切実に困難の解消を望んでいるからである。そして彼らを身近でサポートする人たちは、その苦しみと困難の形をよく理解している。

だが、この「当事者性」「現場性」の重視は、それが強くなりすぎた時に、反作用を引き起こす。一つには、問題構成の限定化と硬直化をもたらす。豊田正之は次のように言っている。

 特に問題の質が社会的性質を色濃く持つ問題においては、安易に当事者を限定することは危険である。問題が具体的に取り上げられることによって、その背景に横たわる、時には根幹をなす社会問題を見えにくくしてしまうからである。問題に対する当事者概念の規定は、それがなされることによって問われている問題の性質を逆規定する。問われている問題が明らかに社会問題である場合においても、問題の当事者を個別具体的に特定することによって、問題の領域さえ限定されてしまうのである。

(豊田正之「当事者幻想論――あるいはマイノリティの運動における共同幻想の論理」『現代思想』26巻2号、1998年2月)

被災地・被災者を厳密に、限定的に考えれば考えるほど、その範囲は狭くなる。そしてそのことは問題の意識を先鋭にするかもしれないが、逆に副作用として問題のあり方を固定的にし、関係の及ぶ範囲を狭め、はては問題そのものを外部から見えにくくしていってしまう。

心理的な悪影響もある。「当事者」性を強調すればするほど、「非・当事者」を遠ざける効果を生む。被災の苦しみは「当事者」にしかわからない、喪失の悲しみは「当事者」にしかわからない、ということが強調され、「当事者」とその身近な者たちだけが発言の権利を持つような雰囲気が支配的になったらどうなるか。「関係のない者」「距離を感じた者」たちは、身を引き離し、問題の周囲から遠ざかっていくだろう。あるいは遠ざからないまでも、ひたすら聞く側、受け取る側の受動的姿勢を取り始めるだろう。

ここで起こるのは、分断である。本来、手を結ぶべき当事者と非当事者が、「当事者性」の過度の強調により、かえって疎遠になっていく。それはとても残念なことだし、それどころか現実的な不利益や、支援活動の弱体化までも生んでしまうだろう。

当事者と、非当事者は、二項対立的にすっぱりと分かれるべきではないし、そうあるものではない。当事者と非当事者は、苦しみや痛みを、分かち持つ(分有する)ことができる。何かのきっかけで接点が設けられたとき、その接点を通じて、共有しうる互いの地盤が開かれることがある。分断は、だから固定的ではありえない。当事者と非当事者の間には、分断ではなく、可変的な「関わり」の濃度の差がグラデーション状に広がっていると考えた時、被災と非・被災に単純に分割する思考がほどけはじめる。

北条裕子氏は今からでも津波の被災地を訪ねればよいと思うが、そしてその訪問は必ずや作家をより実り多い複雑な現実へと誘うことになるだろうが、もし訪ねなかったとしても、震災を描いてなんら問題はない。「行かずに書けるわけないだろう」などという単純な批判は、ダンテに「お前は地獄へ行ったのか」とか、漱石に「お前は猫じゃないだろ」などと言うのと同じレベルであるから、無視すればいい。

テレビやYoutubeでしか津波地震を見なかった人も、それを俳句や短歌にしてもいい。被災地を訪ねなかった作家も、それを作品に描いてもいい。そしてそのようにして生み出された作品を、被災地の人も、それ以外の地域にいる人も、読めばよいと思う。

論点1において私は、小説は奪った言葉を、変換した上で、社会に再放流すると述べた。そして再放流した言葉は、その先でうまくいけば社会のかたちを変えていく。迂遠かもしれないが、言葉の力で変えていく。その変化の一つのあり方が、たとえば「当事者」の範囲をちょっとだけ、あるいは読者によっては大きく、ずらすということだ。

「美しい顔」の読者になることは、震災を「経験」することだ。それはもちろん、フィクションの震災であり、虚構の震災である。だが、震災を「本物の震災」にだけ限定し、それ以外は無価値だとすることは、被災地とそれ以外の分断を強め、当事者と被当事者の溝を固定化し、ひいては我々の社会の共感力を過小に評価することにもつながる。

小説の言葉は虚構かもしれないが、当事者とそれ以外の人々との間の関心と関係を、結び直す可能性を秘めているのだ。

4.7年の時間が流れているということ   〈論点3〉震災からの時間的距離

不思議なことに、今回「美しい顔」の「剽窃」問題を語る発言や文章において、時間的な距離を論じたものを私は目にしていない(*)。2011年の震災から7年がたち、いまは2018年である。そのタイミングで、震災をなぞり直すような小説を書くということは、何周も「遅れている」行為であるはずである。考えてみてみればいい。Youtubeがあり、さまざまな映像記録がオンラインや各地のアーカイブにあり、写真集が何冊も出され、ルポルタージュや証言集や報告書が数多く刊行され、小説や短詩形文学もたくさん発表されてきた。なおその上に、屋上屋を架すような小説を、だれが書こうと思うというのか。しかも真っ正面から津波と避難所生活を一人称主観で描くというド直球の内容である。

* [2018/07/15追記] 岡和田晃氏は『図書新聞』2018年7月14日号の「〈世界内戦〉下の文芸時評 第四一回」で、同作に対し「応募時点で3・11から七年もの年月が経過しているのだから、震災に相応の距離感は生じているはずで、距離そのものを批評的に思考するべきだった。そのような視点が採られなかったのは、本作がどこまでも「抒情」の産物として書かれ、受容されたからだろう」としている。本ブログ記事執筆時には既発表であったが未見だった。

自分があえてそれをやろうと思うかどうか自問してみれば、それがどんな蛮勇であるか、だれにでもわかるはずである。津波の恐ろしさを迫真的に書きたいなら動画の記録にかなうわけがないし、当事者の苦しみを書きたいなら当人の証言を超えるものはない。小説などという言葉しか使えない迂遠なメディアで、しかも原理的に嘘しかつけないメディアで、7年もの時間が経過したあとに、震災それ自体の描出を主目的として作品を書くだろうか? 作者の本当のねらいは、震災の情景描写にないということは、このことを考えても明らかだと思う。

直接的な震災描写を、7年後に小説で行うことは蛮勇である。

だが、北条裕子という新人作家は、それをやった。やっただけではなく、群像新人文学賞を取ってしまい、芥川賞の候補にまでなった。群像新人文学賞の審査委員たちは名前と顔をさらして、評価を行っている。署名入りの選評も出す。それで飯を食っている職業的な文学者たちである。彼らの評価が絶対だとは私は思わないし、妙な判断が行われることだって時にあろうが、伊達や酔狂で群像新人賞は取れない。

剽窃」問題が起こって以降、ネット上の「美しい顔」の評価はひどいものになっている。大きく毀損されたその価値は戻ることはないだろう。私たちは炎上してしまった記憶を抜きにして、この不幸な小説作品を読むことはできない。

作者の落ち度と言えばそれまでだ。だが私は、批判の尻馬に乗ってこの作品を、つまらないだとか、面白くないと言い立てる人々の批評眼を信じない。なぜなら、それは潮目が変わったのを読んで、その流れの中で行っている、単なる倫理的批判でしかないからである。この作品は優れていた。表現の盗用をしたから優れていたのではない。表現の盗用をしていたにもかかわらず優れていた。タラ・レバを言っても仕方ないが、正当な手続きをしていたならばこの作品が本来受けていただろう高い評価が、初歩的な過誤によって永遠に損なわれたことを、私は悲しむ。

さて以上は『文學界』の新人小説月評で褒めた私の、単なる愚痴である。本当に書きたい時間の問題(論点3)は、ここからである。

「美しい顔」のすごさは、肯定する者も批判する者も等しく、7年の距離を忘れさせたところにある。元来、震災直後に発表されたルポルタージュや証言集と、7年の時間が経過した後に書かれた短篇小説を、同じ水準で並べることがそもそも異様である。両者は、違って当たり前の二つである。ジャンルも異なるが、流れ去った時間が違いすぎる。にもかかわらず、一部の人々は今、「美しい顔」をあたかも震災直後に書かれたとでも言うかのように、被災地を見て書け、とさえ言って批判している。

「美しい顔」は、発災から避難所暮らし、そして転居と新生活へという一連の流れを書き、そこで終わっている。物語世界の時間的範囲は、震災とその直後の時間だと言える。だが、2018年というこの作品の発表のタイミングを考えたとき、作品が実のところ指し示しているのは、主人公のサナエが新しい生活を始めた「後」の時間なのだと思う。

7年の時間の経過の中で、刻々と土地も人々の人生も変わっていく。忘れられがちなことがあり、忘れられないことがある。うずたかく積み上げられた瓦礫の山が、きれいに整地された公園に変わったものの、そののっぺりと清潔な風景の向こうに、7年前の惨状を幻視してしまう。その二重の風景。

「美しい顔」の最後の一文が閉じられたその先に――その結末が明るく希望を感じさせるものであるからなおさら――、私たちはサナエの人生を待ち受ける困難を幻視しはしないか。それは私たちそれぞれの7年間が見させる幻だ。

サナエは作中でこう言っていた。

なるほど日常というのは静かな怪物であった。それは、戦わなければならないのだけれどそれに負けても死ぬことはできない、そういう敵であった。日常生活のなかでこそ私は被災した。(p.69)

「美しい顔」は震災を正面から描いた作品であるが、同時に震災後に経過した時間についてもまた考えさせる小説である。その意味でまさにこの作品は、震災「後」の文学、〈ポスト震災〉の文学なのだと言えるだろう。

5.おわりに

今回の構図は、図らずもフィクションである小説が、ノンフィクションであるルポルタージュや証言集(研究成果)を収奪したかのような図式をとりつつある。だが、これは偽の構図であり、ただしく実態を写していない。

フィクションとノンフィクションが対立的に捉えられかねない状況は、両者にとって不幸である。本来その二つは、役割分担を行いながら、震災をめぐる記憶をこの社会のなかに循環させていく役割を担っているはずである。

フィクションとノンフィクションの読者層は、ずれて存在する。実際の出来事や事件、問題に関心を持ち、その実態を知りたいと思ってノンフィクションを好む読者がいる。他方、作者の想像力が作り上げた物語世界の中で、ストーリーの面白さや登場人物たちの魅力を楽しみにする読者がいる。両方に関心を持つ者もいるだろうが、小説には読むがルポルタージュには関心がない、あるいはその逆、という読者は少なくないだろう。

これは日本の言論世界のジャンルの姿であるが、角度を変えれば、情報を社会内に流布させていく役割分担の体制でもある。等しく機能するべき両輪が、互いに衝突し合うのを見るのは残念なことだ。


以下蛇足。
文学や、文学的価値には興味がないらしい人やメディアが多い割には、なぜここまで批判と関心が集まるのかと不思議に思う。三島由紀夫の「宴のあと」裁判も、伊藤整のチャタレー裁判も、渋澤龍彦サド裁判も、柳美里の「石に泳ぐ魚」裁判も、みな同じような雰囲気だったのだろうと思わずにはいられない。文学は、なんらかのアイコンとして、時代の血祭りに上げられているような気がする。問題は作家や作品自体にはなく、おそらくは背後にのそりと横たわっている。

参考リンク

(0)「美しい顔」本文と『群像』8月号巻末告知

http://book-sp.kodansha.co.jp/pdf/20180704_utsukushiikao.pdf

(1)著者による謝罪と説明

群像新人文学賞「美しい顔」作者・北条裕子氏のコメント」(7月9日)
http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/20180709_gunzo_comment.pdf

(2)講談社による謝罪と説明

群像新人文学賞「美しい顔」関連報道について及び当該作品全文無料公開のお知らせ」(7月3日)
http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/180703_gunzo.pdf


「「美しい顔」に関する経緯のご説明」(7月6日)
http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/180706_Gunzo.pdf

(3)新潮社および石井光太氏のコメント
「群像」8月号、 『美しい顔』に関する告知文掲載に関して | News Headlines | 新潮社


(4)金菱清氏のコメント

東北学院大学 金菱 清 「美しい顔」(群像6月号)についてのコメント: 新曜社通信


金菱氏インタビュー(HUFFPOST)
盗用疑惑の芥川賞候補「美しい顔」の問題とは?「言葉を奪われた」被災者手記編者の思い


(6)その他
【音声配信】「ノンフィクションを告発するフィクションとしての文学的価値〜芥川賞候補作『美しい顔』をめぐる盗用騒動に荻上チキがコメント▼2018年7月3日(火)放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」)

芥川賞候補作「美しい顔」、ノンフィクションとの類似表現が独自検証で10か所超 それでも"著作権侵害"を問うのが難しい理由