勝手に書評 石原千秋『近代という教養 文学が背負った課題』
![近代という教養―文学が背負った課題 (筑摩選書) 近代という教養―文学が背負った課題 (筑摩選書)](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41K3vhA0%2BbL._SL160_.jpg)
- 作者: 石原千秋
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2013/01
- メディア: 単行本
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読みやすい文体で書かれており、入門書としての体裁を取っているが、論述のレベルは物凄く高度である。大学のふつうの学部生レベルでは、歯が立たないだろう。主に取り上げられている鍵概念は、「文学史と観察者」「進化論」「主人公」「固有名」「写真」「女学生」「自我と苦悩と性欲」である。
個人的には前半が面白かった。後半の、写真、女学生、自我/苦悩/性欲は、率直に言ってそれほど新味は感じられない(その意味で、あとがきで石原さんが「女の謎」にフォーカスしているのは意外だった。私はそのアイデアにはさほど魅かれない)。
文学史を論じる際に、その観察者の視点を記述するか、さらにはどう確保するかという問題、進化論的な「発展」の枠組みをどう回避するかは難題である。いずれも、文学史を書こうとする我々の認識の体系と骨がらみになっているから。石原さんは結論部分で「リゾームのように絡み合ったいくつかの「挿話的出来事」を記述することしかできないだろう」(p.64)と言っているが、それは一つのやり方であるにせよ、私としてはもうちょっと立ち止まって悩みたいポイントだ。
それから主人公の問題。一時期サブカル論の文脈で「キャラクタ」論が隆盛したと思うが、そういう関心の延長線上で、近代の主人公のあり方を検討する研究はあまり目にしなかった気がする(と書いて、読み直して、そういえばジェンダー批評系の本はこういうことをやってきたとも言えるなと思い当たった)。私は伊藤整が(私小説系のだが)主人公の系譜論を書いているのを読んで以来、このテーマが重要だと思っているのだが、「主人公」という装置そのものを論じた試みとして、本書の関連各章はとても興味深く読んだ。
「石原千秋」の著書の中でも、もっとも主要な本のうちの一つに入ると思う。突っ込みどころはもちろん各研究者それぞれあるだろうが、取り組みと達成の価値は揺らがないだろう。1600円。内容に比して異様に安い。もらっておいて言うのもなんだが(笑)、買って読むべし。