まずは最近刊行された私小説研究の2冊から。
樫原修さんの
私小説論集。序章において
私小説誕生とそれを論じる枠組みの再検討が行われ、本論に個別研究が並ぶ。
志賀直哉、
葛西善蔵、
梶井基次郎、
太宰治ほかの論考が収められている。序章の問題提起では
鈴木登美さんの「
私小説言説」の発想が大きく参照される。
鈴木登美さんの枠組みをどう評価するか。たしかに読み手の問題としての
私小説(論)は重要で、これを名指す枠組みを作った鈴木さんの功績は大きい。だが、以降この面ばかりを述べて事足れりとする風潮がありはしないかと思う。この意味で、作品の側の表現を丁寧にたどりたいという樫原さんのご提起は共感できるものだった。個別の御論考についても、精密な論考が並んでいる。
梅澤亜由美さんの博士論文をもとにしたご単著。梅澤さんは法政大学の雑誌『
私小説研究』の中心的人物として活躍してこられた方である。やはり
田山花袋、
武者小路実篤、
葛西善蔵、
志賀直哉、
平林たい子、
藤枝静男、李良枝などについての個別の論考が並ぶが、大きな方向性としては
私小説という形式の可能性を積極的に評価し、「日本を越えた、あるいはジャンルを越えた「私」を書く文学との接続の可能性を開」(p.vi)くことを目指している。書く私、書かれる私の二重化、そしてその相互関係のバリエーションに注目し、
私小説を再整理していく。なお、序章はこれまでの
私小説論、
私小説研究を最新の成果に至るまで幅広く概観しており、非常に有用である。