たいへん遅ればせながら、御礼をかねて紹介です。順不同になっておりますが、ご容赦下さい。
磯部さんよりいただいた。いただいたのは夏だったが、ご紹介が大変遅くなってしまった(恥)。博士
学位論文に加筆修正して、刊行されたものである。冒頭で、稲岡勝さんの先行研究に言及しながら「一次資料の伝わらない出版社」をどのように研究するか、考察されている。私自身、誰も研究しないような書店(出版社ではなく、小売)に最近興味を持っているので、このような意識は共感できる。そういえば、以前、『記録を残さなかった男の歴史』(
アラン・コルバン著)というのも読んだな。。 磯部さんは本書第一部で東京
稗史出版社という『世路日記』などを出した明治初期の出版社を例に考察されている。細かい実証の積み重ねだが、知らないことばかりで教えられるのはもちろん、問題の設定の仕方も面白かった。他に明治初期の銅版草双紙、予約出版、新聞出版、書籍の作成から販売までのある一書店(文栄堂)の例など。この時期の出版文化に興味のある方はぜひ。
中山弘明さんよりお恵みいただいた。中山さんは、私が大学院生となった
自然主義の勉強をしていたころ、「気になる名前」として記憶に残った方だった。早稲田の『文芸と批評』他に、自分と関心の持ち方の近い、しかも高質でまとまりのある論考を、コンスタントに発表されていたイメージだった。二、三年前、はじめてお目にかかり、とても嬉しかった。そのときうれしさのあまり、「単著におまとめにならないのですか」と不躾なことをうかがってしまった。そのことと今回のご著書のこととはむろん直接の関係はないのだが、つい嬉しくてここに書いておく。今回の御論は藤村の
『夜明け前』を
戦間期(
第一次大戦と第二次大戦の)というコンテクストの中に置く試み。従来の
『夜明け前』論とは一線を画す問題設定である。まだ途中読みだが、上記のような設定をする
漱石の門下生から、長谷川天渓、
亀井勝一郎、
勝本清一郎、
村山知義らが射程に並ぶという。
『夜明け前』の作品研究を越えた、スリリングな、文芸史読み替えの一冊である。
東郷先生より賜った。これまでにご発表されてきた
井伏鱒二論をまとめて、刊行された一冊。最近、ある仕事で定期的にご一緒する機会に恵まれていて、お人柄をよく知るようになってきたせいもあると思うが、なんというか、研究書なのだが、味わいが深いというか、懐が深い文章である。
井伏鱒二と直接の交流があり、長く資料も集め、その世界に携わっていらっしゃったということの裏打ちがあるのはむろんだが、うまく言えないが、論文なのに人柄がにじみ出ている気がする。東郷先生の論文は、太宰や
泉鏡花のや、他にもいろいろ読んでいるはずだが、井伏のものだけとりわけ強くそう感じる。「文体は人の歩き癖に似てゐる」という井伏の言葉を東郷先生は引いているが、文体の持つ身体性を私はやはりこの本から感じる。ちなみにタイトルも『
井伏鱒二という姿勢』である。
余計なことばかり書いたが、東郷先生の作品論は作品の表現に密着しながら、新しい切り口を提示するもので、読み応えがある。先行研究を並べて読むと、その質の高さは明らかだ。このような形で、井伏論がまとめて読めるようになったことを嬉しく思う。