日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

哺乳瓶をめぐる攻防

トーゴ氏は昨日から突如として哺乳瓶を拒否し始めた。

気配はあった。一週間ぐらい前から、哺乳瓶でのミルクの飲みが悪くなっていた。二回連続で50ccぐらいしか飲まなかったり。。。 母乳で育てている赤んぼうが、哺乳瓶を嫌うようになることがある、ということは聞いていたので、多少の危機感らしきものは芽生えていた。

そして昨日。妻が夕方買い物に出かけ、その間子守担当となった私は、一回分の授乳の機会があった。トーゴ氏には、ぜひとも哺乳瓶および粉ミルクと良い関係を築いてもらわねばならぬ。なぜなら、私は四月から四ヶ月間、育児専担となるからである。

哺乳瓶を準備する手順そのものに問題はない。飲みたいサインを送り始めた氏をなだめつつ、冷凍母乳ではなく粉ミルクを選択する。四月からに向けての長期的な戦略の一環である。

ところが、氏と哺乳瓶との蜜月時代は

突然に終わりを迎えた。完全拒否。首を振り、舌で押し出し、顔を真っ赤にして泣き叫ぶ。そのようすは、ただごとではない。この前まで飲んでくれていたのに、と思いつつ、哺乳瓶の乳首に何か付いていたか、とか、ミルクの温度が高すぎたか、とかチェックする。が、確認しても異常は無い。リトライ→拒否→絶叫→当惑。おそらく、粉ミルクの味が嫌いなのだろうと見当を付ける。温度確認をするときに少し舐めるが、母乳と粉ミルク(M社)はまったく味が違う。私の味覚では、母乳の圧勝である。

説得を試みる。「トーゴ氏よ。君の母親は今一時的にいない。居なくなってのではなく一時的にいないので心配する必要はないが、いずれにしても、現在お腹を空かせている君にとって、あの懐かしき乳房が存在せず、かわりにこの冴えないゴム製のまがいものから飲むという選択肢しか残されていないのは確かなのだ。吸い心地も違うであろう。味も違うであろう。しかし、今の君にはこれしかないのである。これしかない、ということについては、この父もたいへんに遺憾である。遺憾であり悲しくもあるが、その君の泣き声を聞くことは本当に本意ではないのであるが、しかし今、この我々に残された道は、君がこの小瓶から飲むしかないのであり云々」

よく聞いている。たまに笑いさえする。よかろう。覚悟はできたらしい。

むろん、飲まない。飲むわけがない。

格闘すること、一時間。泣き叫ぶ子供と過ごす一時間は、長い。二本立ての映画ぐらいに匹敵する。

しかし、引き下がるわけにはいかなかった。かわいそうだが、私の家の事情では、哺乳瓶と和解してもらう以外に、方法はないのである。まあ、腹が減って飲まないわけはあるまい。人だって動物だって、飢餓感はたいていのものに優先するはずである。というわけで、私はトーゴ氏と根比べの体制に入った。一時間の絶叫と涙の訴えのあと、彼は根負けして飲んだ。

それでめでたしめでたしと行けばいいのだが、本日第二ラウンド。今日は朝から子守。そして案の定、最初の授乳で前日の攻防が再演。ショッキングなことに、原因は粉ミルクではなかった・・・。今日は冷凍の母乳で戦いに望んだが、あっけなく跳ね返された。どうやら哺乳瓶の吸い口が、氏はお気に召さないらしい。これはまいった。

やはりあれやこれやの戦略を用い、孤軍奮闘すること一時間強。根比べ、持久戦である。

その間、いろいろ調べた。

同じ悩みを抱えるお母様方は多い。そして哺乳瓶を使わなければならないお母様の悩みを、「完母」――「完全母乳(育児)」の略と思われる――のお母様方はしばしば理解できていない。育児をする女性の間にも、さまざまな溝があるようである。粉ミルクの種類を換えろとか、吸い口のいろいろ試してみろ(何種類も発売されているらしい)とか、早めに離乳食に切り替えるのが吉とか、わたしもぜんぜん子供が飲んでくれず母子で泣いていたわとか、様々なアドバイス、経験談がネットには溢れている。

誇らし気な「完母」派のみなさんに比べ、なんだか多少の引け目を抱えておいでのような哺乳瓶派のみなさんのやりとりを読んで、がんばれ哺乳瓶の人、とエールを送りつつ、右に抱えたり、左に抱えたり、しばらく放置したり、ベッドで飲ませたり、さまざまな権謀術策をめぐらせ、ついに100cc飲ませることに成功。最終的に、ベッドの上で泣き疲れて休憩中の口にくわえさせたら吸い始めた。

哺乳瓶をめぐる攻防を構成する要素は、

授乳者と哺乳瓶(の吸い口)とミルクと赤んぼうだけではない。けっこう大きいのが、授乳者の心理である。

絶叫し、涙を流し、全身真っ赤にし、ひきつけを起こすんじゃないか、というぐらいに全力でいやがっている赤んぼうに対して飲ませる、というのは並大抵の心では臨めない。私にもし乳房があり、そこから母乳が出るのであれば、最初の20分で私は哺乳瓶の使用を断念するだろうことが断言できる。つまり、〈私は母乳が出るんだけど、いろいろ考えて哺乳瓶でもあげられるようになりたいわ〉ぐらいのつもりで戦いに臨むと、ほぼ敗北は確実である。

赤んぼうは素直である。本気で拒否する。遠慮なしで全身で拒否する。私の場合、トーゴ氏と根比べのつもりで、彼が疲れるのを待ち、拒否する気持ちよりも飢餓感が上回るのを待つ作戦――しばらく繰り返せば哺乳瓶になれるだろうという目算で――だが、その間、こんなにいやがっている幼子に無理矢理飲ませるのは精神的に悪影響が出るんではないか、哺乳瓶に対してトラウマを持つんじゃないか、それよりなにより、こんなに嫌なものを一時間近くも繰り返し突きつけてくるこの男に対して、拭いがたい敵意や嫌悪感を抱いてしまうのではないか、もうこの私に笑いかけてくれないようになってしまうのではないか(涙)、という心理の葛藤が尽きないのである。これが、哺乳瓶をめぐる攻防の、隠れた構成要素である。

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しょうもない(しかし悩ましい)話題で、長文を書いてしまった。。。 トーゴ氏が呼んでいる。お腹が空いてきたらしい。空いたなら空いたで、素直に哺乳瓶から飲んでくれ、頼む。。。