日比嘉高研究室

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本年、新人小説月評(文學界)を担当します

f:id:hibi2007:20180109162401j:plain:w150:right今年一年、『文學界』の新人小説月評を担当することになりました。公私ともに、いろんな意味で、いま/今年これをやるのかよ俺は的な思いが去来しますが、せっかく与えられた貴重な場、貴重な誌面です。しっかりと全力で、現代作家の最前線の言葉に向き合おうと思います。

今月(一月号掲載作品)の対象作は、上田岳弘「愛してるって言ったじゃん?」山崎ナオコーラの「笑いが止まらない」(以上は『すばる』の特集「対話からはじまる」に収載)、そして水原涼の「積石」文學界)の3作でした。

文芸時評ってのは、どの作品にどれくらいの文字数で触れるのか、ってのがそれ自体で評価を示すものだと思うのですが、『文學界』の新人小説月評は、編集部から(原則として)作品の指定が来るので、その点で少し特殊でしょう。以下、拙評の出だしだけイントロとして貼っておきます。

 文芸作品というのは、私たちヒトがみずからとその周囲の環境に向けて張りめぐらしたセンサーの、そのもっとも敏感な部分の一つではないかと思っている。ある時代に書かれた小説をまとまった量で読み込んでいくときに浮上するのは、そうしたセンサーが触知した〈何か〉の輪郭である。
 文芸時評もまた、そうしたセンサーの一部であり、かつそうしたセンサー自体に自己言及していく、メタ・センサーのようなものだろう。仕事柄、一〇〇年前、八〇年前などの文芸誌をまとめて読むことがあるが、読み進めるにつれて浮かび上がってくるその時代の輪郭に、よりはっきりした姿を与えているのが文芸批評の言葉である。
 私のこの時評がその任を果たせるか、どうか。これから一年間、同時代のセンサーの網の目に身を投じることになりました。よろしくお願いします。