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日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

その「仕事」を解除せよ――遊びをせんとや生まれけむ


野球、相撲、地図

愚息トーゴ氏はもうすぐ3歳になる。手先も器用になり、走ったり跳んだりも活発。語彙や知識も増えていて、言葉も達者になってきた。そうすると、遊びの世界もぐんぐん広がってくる。

最近のブームは、野球と相撲と地図である。新聞紙で制作したバットとボールとグローブで、ピッチングとバッティングをやる。(新聞紙なのは障子を破らないためという大人の事情) 相撲は、遠藤ファンである。四股を踏んでみせると大喜びでまねをして、立ち会いをして、突っかかってくる。立派なものだ。先日、何か妙な仕草をすると思ったら、塩を投げていた。その観察眼たるや、なかなかすごいものである。なお、遠藤ファンだが遠藤関の顔かたちは認識していない。いったい遠藤関の何が好きなのかは謎。


また、地図が好きである。保育園の壁からデパートのフロアマップにはじまり、駅、街中、カーナビなど、地図を見つけては、「とうくん、どこ?」と聞く。妻のレポートによれば、先日は世界地図を家の納戸から引っ張り出してきて、「名古屋」を発見した。「名古屋」の字は覚えているのである。「名古屋」を確認した次の彼のセリフは、こうだったという。「バローどこ?」 バローとは、近所のスーパーである。

ところで、彼はなぜ「地図」が「地図」だとわかっているのだろう。不思議である。考えても見よう。「地図」というものを知らない子供に、「地図」が「地図」であることを教えるのは非常に難しい。それは現実世界を鳥瞰して抽象化し、二次元的に描画したものだからだ。

私は彼が地図を「発見」した瞬間を知らないが、気がつけば彼は地図を地図として認識していた。人間には、そもそもこうした「地図化」の能力が兼ね備わっているのだろうか。

遊びの世界、仕事の世界

幼児にとっては、すべてが「遊び」になりうる。ミニカーを走らせることも、風呂場に湯を張ることも、箒とチリトリを使うことも、スマートフォンを乱打して電話をかけることも、マイクを所持して歌唱することも、使った皿を食洗機内に置くことも、すべて「遊び」につながる。

別の言い方をすると、仕事がない、というのが子供の世界である。仕事がない彼の世界には、娯楽も息抜きもない。したがって、すべてが楽しみの行為としてある。大人の目には、それがすべて「遊び」の世界に見える。

「仕事」という目隠し

遊ぶ子供の姿を見ていると、当然我が身を振り返る。すべてが「遊び」になりうる彼らの世界に比べて、私たち大人の生きる世界が、なんときっぱりと仕事と余暇に切り分けられていることか。「ワーク・ライフ・バランス」という寂しい言葉も最近耳にする。その趣旨はわからなくはないし、仕事以外の人生を充実させたいという希望は、もちろん私も持っている。だが、この発想は、仕事と仕事以外を分けて考えるという考え方が根本になっている。

けれど、本当にそれで正しいのだろうか。働き始めて十数年が経ち、さまざまな経験をするなかで、私は最近「仕事」と「遊び」の区分のことをしばしば考える。

「仕事」と「遊び」は対立的なものではない。むしろ、「遊び」こそがすべての私たちの活動の源にあるのであって、「仕事」はその上に目隠しのように被さっているだけではないのか。遊ぶ子供を見ながら、私は考える。


遊戯は文化よりも古い

ホイジンガという歴史家がいる。いくつか世界的に有名な著作を書いているが、その一つ
ホモ・ルーデンス』(「遊戯人」と訳されている)の冒頭で、彼は「遊戯は文化よりも古い」と言っていた(『ホモ・ルーデンス 人類文化と遊戯』中央公論社1971、p.11。原著は1938年)。

ホイジンガは、遊戯というのは人間の文化の一部なのではなくて、「文化そののもの以前にすでに存在し、〔…〕ずっと文化に伴い、文化に浸透し続けてきた一つの既定量」(p.16)なのだと主張した。つまり簡単に言うと、遊戯は動物だってするし、さまざまな民族の古い習慣に見られる。文化が作りだされる以前に遊戯は存在し、文化の発展は部分的には遊戯それ自体に基礎をおいてなされてきた、というのである。

この本の中で、ホイジンガ

すべての研究者が力点を置いているのは、遊戯は利害関係を離れたものである、という性格である。〈日常生活〉とは別のあるものとして、遊戯は必要や欲望の直接的満足という過程の外にある。いや、それはこの欲望の過程を一時的に中断する。(p.24)

とも言っている。「遊び」が、日常的な利害関係とは離れていて、普段の生活上での必要性とか、欲求とは切り離されたところにある、というのは基本的だけれど大切な指摘だと思う。だからこそ、我々は大人になってさえ「遊ぶ」のであろう。

〈アソビ〉という知恵

「遊び」は、人間の知恵であり、処世術であり、おそらく動物的な本能でさえあるに違いない。

「遊び」は人間の活動の多くの場面において、その相を見いだすことができる。仕事、勉行、家事、人付き合い、儀礼、などなど、人間が行う諸事に「遊び」の面を見て取ることは難しくない。

このことは、日本語の〈アソビ〉という言葉が持っている意味のことを考えると、わかりやすいかもしれない。〈アソビ〉には、「ゆとり」「余裕」「すきま」という意味がある。ハンドルやドアの「あそび」とか、合間の時間のことを「あそびの時間」といったり、たるんだ部分のことを「あそび」といったり、作品や芸の余裕のことも「あそび」と呼んだりする。

私たちの行うさまざまな行為には、多くの場合、この意味での「アソビ」がありうる。厳粛なものごとや、まじめな行いにおいてでも、私たちはその切れ目切れ目に「アソビ」を入れたり、あるいは「アソビ」の側面を見いだそうとしたりする。

「アソビ」という言葉の意味から、「遊び」が私たちの生の中でもちうる働きを確認することができる。「遊び」には、息苦しいものごとを、ゆるやかにする力がある。この「遊び」の力を、私たちはもっと見直すべきだ。

有給の仕事、無給の仕事

大学の教員の仕事は多様である。私の場合、給料は勤務校から出ている。そこで教育、研究、組織管理の仕事をするのは当然である。ただし、教育、研究については、業務範囲がはなはだ不明確である。担当すべき授業のノルマは決まっている。だが、それ以外に膨大な学生指導や授業準備時間が存在する。授業をしている時間より、授業時間以外の「教育業務」時間の方が圧倒的に多い。

研究活動についていえば、なおさらそうである。勤務時間は決まっておらず、成果についての縛りもない。すべては裁量である。あえていえば、研究時間0でも、しかられないし、クビにならない。では研究者たちは、0にするかといえばそうならない。むしろ、誰にも要求されないのに、お金にも換算されないのに、長時間、研究に従事する。

その他いろいろあるが、たとえば学会の業務。10月末、私は勤務校とはまったく関係のない3つの雑誌の査読(論文の掲載可否を決める審査)の締め切りが重なった。泣きそうになりながら、やりました。ええ無給です。学会の評議員、編集委員、研究会の開催、勉強会、仲間と創刊した新しい雑誌の編集作業・・・・、これらも無給である。

私は自問する。なぜこんな金にならないことをやっているのか。

楽しみにつながっているからだ、としか答えようがない。「遊び」の世界が、仕事の向こうに広がっているからである。

もちろん、すべてが楽しいわけではない。査読なんてめんどくさい。会議も出たくない。大小さまざまなトラブルは日常茶飯事だ。だが、続けている。面白いから。

事典項目の執筆、悪名高き・・・

この面白さを、お金に換算した瞬間に、面白くなくなることに以前から気づいていた。私たちの業界の中で悪名高き仕事に「事典の項目執筆」というのがある。『夏目漱石事典』みたいな(現在進行中の某事典を名指しているわけではありません(笑))事典の、項目を書くのである。非常にめんどくさい。間違っていたら大問題。調査に膨大な時間が掛かる。そしてその上、原稿料が安い。文字数が少ないから。本もあんまり売れないから。

仕事量と報酬額とのバランスだけを考えたら、もう本当にお話にならない。それでもこの仕事を研究者がおおむね引き受けるのは、義務感とお付き合い(=依頼者との貸借関係)と知的好奇心からである。

原稿料のことを考えれば考えるほどやる気が減退し、おつきあいだと思うとため息だけが募る。が、原稿料と貸借関係を度外視したとたん、調べ物は研究の世界の楽しみの一環に変わる。

大学の教員の仕事に例を取ったが、世のさまざまな職種で、同様のことは多少なりとも言えないだろうか。私は、これまでの人生の中でさまざまな仕事をする人に出会い、お世話になり、助けてもらってきたが、仕事を楽しんでいたり、熱心にやっていたりする人には、どこか「採算」や「損得勘定」を離れた部分があったように思う。そしてそういう人と付き合うのは、とても気持ちのいいことだった。

すべてをお金に換算するのか?

以前、ある同級生と十数年ぶりに再会して、二人でお酒を飲んだことがある。バンド仲間だった。再会したとき彼は、中小企業向けのコンサルタントのようなことをしていた。相変わらず人のいい男だったが、彼はすべてを金銭に変換した。私は彼に、私がいまどういう研究をしているのかを話したのだが、彼はそれを聞いて、それがどういうふうにしたらお金になるのかということを教えてくれた。彼は私を褒めているのだし、評価してくれているのだった。だが私はその彼の考え方が気にくわず、酒のせいもあってムキになってその価値観を否定しようとしたことを覚えている。

当然、議論は平行線をたどり、焼き鳥の串だけが積み上がった。喧嘩したわけではないので、和やかに別れた。彼のことはいまでも好きである。だが、そういう価値観に生きる人がいて、かつての友達がそうなっていることは、後々まで私の心に陰を投げている。

報酬は視野を狭くする

最近ネットをうろついていて、TEDというプレゼン会議の、ある有名な動画を見た。

ダニエル・ピンク 「やる気に関する驚きの科学」

もとのTEDのサイトはこちら

簡単に要約すると、頭の柔軟性が要求される仕事に対して、金銭的対価で釣ってもむしろ逆効果にしかならない、ということである。単純労働に対してなら、アメとムチは効くそうだ。しかし、創造的な働きが必要な仕事においては、成功報酬はインセンティブにならないという。

余談だが、国立大学法人にも「年俸制」の浪が忍び寄っている。年俸制は、業績評価と一体である。たくさん仕事した人の給料が上がる。だが、このビデオクリップでピンク氏が述べているように、成功報酬によるアメとムチはうまく機能しない。

まあ、財務官僚はバカではないので、そのあたりのことは知った上で押しつけてきているのだろう。年俸制は、予算削減と親和的だから。

「仕事」を、「報酬」を、解除する

脱線した。話を戻せば、「仕事」や「金銭的報酬」を、私たちの人生の尺度にすることは、よした方がいい。

お金の機能には三つあると聞く。モノと交換できるという機能、富を蓄積できるという機能、そしてものごとの価値を計る機能。お金が大切であることは否定しようがないが、お金があまりに力を振るいすぎているということも、また否定できまい。とくに、最後の機能、ものごとの価値を計る機能は、問題が多いと私は感じる。

仕事の機能も、また強い。仕事は私たちに生活の糧を運んできてくれるが、それだけではない。仕事は、人のアイデンティティと結びついているし、人の価値を計る尺度にさえなる。もちろん仕事は人の居場所を作りだすし、人生の充実感ももたらす。悪い面ばかりではない。仕事は大事である。だが「仕事」が幅をきかせすぎている、ということもまた事実だ。

私は「遊び」の意義を見直したいが、それと連動して「仕事」というものの意味も考え直したい。

私たちは、私たちが「仕事」と呼んでいるもののすべてが、ほんとうに仕事の本来的な機能なのだろうか? 私たちが「仕事」だと思っているもののうちのいくらかは、本来「遊び」の領域に属するものなのではないか? 「仕事」はそれが元来そのようなものである顔をして、私たちの「遊び」を覆ってしまっているのではないか?

かつて、貨幣は言語のようなものであると議論されたことがある。ポストモダンの時代だ。言語に覆われた世界に生きると、言語のない世界のことは不可知なものとなる。我々は言語なしに思考することはできないから。類推的に言うが、我々はお金や「仕事」に覆われた世界に生きてしまっており、それらによって多くのものをそれら以外の相において考えられなくなってしまっていはしないか。

「仕事」と「お金」による覆い(マスキング)を外してみてはどうだろう。私たちは子供の世界には戻れないが、彼らの「遊び」の世界を起点に、私たちの思考と生活をがんじがらめにしてしまっている「仕事」の桎梏を、解除することができるのではないか。

遊びをせんとや

梁塵秘抄』に入っている有名な今様に、次の歌がある。

遊びをせんとや生まれけむ
戯(たはぶ)れせんとや生まれけん
遊ぶ子どもの声聞けば
我が身さへこそ揺るがるれ

遊女の身を嘆いた歌という解釈もあるらしいが、子供のようすを歌った歌として解釈されることが多いだろう。「遊ぶために生まれてきたのだろうか。戯れするために生まれてきたんだろうか。遊ぶ子供の声を聞くと、我が身までもが動き出すようだ」というのが、この歌の意だろう。12世紀の昔から、子供は遊ぶものとして見られてきた。

私はこの歌の最後の箇所が、興味深いと思う。「わが身さへこそ揺るがるれ」。どうして遊ぶ子供の姿を見ると、私たちの「身」までもが共振するのだろう。それは大人である私たちもまた、いまなお、「遊び」という人間にとっての本来的な世界のなかに生きているからではないのか。

「仕事」の覆いを解除せよ。「報酬」を度外視せよ。それらは私たちの視野を狭め、楽しみを奪い、「遊び」の世界の豊かさから、遠ざける。

「遊び」の世界に遊ぼう。「遊び」は私たちの、余裕を回復し、利害から離れさせ、自由を取り戻させる。創造性は、そこから立ち上がる。

そして「遊び」を取り戻すことは難しいことではない。なぜなら、私たちはみな元来ホモ・ルーデンスなのだから。