日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

柵と成長

子供を見ていて気づいたことがある。

最初、子供はなかなか寝返りを打たなかった。足を上げて大きく右や左に振って、ぐるりと回転しそうで、しかし回れなかった。

あるとき、子供用品の店に行って、床の上に敷くマットを買った。今にこの上で遊ぶようになるだろう、ぐらいのつもりだった。

マットの上に時々下ろして寝かせるようになって、しばらくして急に寝返りを打つようになった。それまではベビーベッドの上が、主に彼の世界だった。彼はそのなかで右や左に体をひねっていた。マットの上に下ろすと、彼の動きはより自由度が増し、そしてそれにともなって視界も広がっていたのだろう。活発度も上がった。寝返りは、そうしたなかで突然実現した。
 一度実現するとあとは早かった。ぐるぐると、上を向いたり下を向いたり自由自在にできるようになるまで、時間はかからなかった。

ハイハイでも、同じ事が起こった。

最近はさすがにベビーベッドも狭くなってきており、また引っ越したこともあって、ベビーサークルを主に使っていた。ベビーサークルは、十分な広さであるように思っていた。

子供が這いずり始めた兆候に気づいたのは、私と妻側双方の祖母たちだった。それぞれに別の場所で別の時に気づいたのだが、同じく広い畳の部屋と、広いフローリングの部屋でのことだった。寝返りの時の体験を思い出した私は、その話を聞いたすぐ後に、子供を和室に連れて行って、畳の上に放ってみた。子供は寝返りを打ち、じりじりと前に進み始めた。
 それからは早かった。あっという間に手の使い方が上手になり、足が連動するようになった。

柵が、またもや彼の成長を押しとどめていた。

このことに気づいて、とても面白く感じた一方、「柵」を取り払うことがいかに重要かということを痛感し、しばし愕然とした。それは、今後の子供の成長のためであると同時に、これまでの、そして現在の自分の問題でもあるからだった。

私たちは「柵」の中に住んでいる。そして住んでいるだけではなく、その「柵」のスケールにあわせて、みずからの能力を発揮している。もしかしたら、自分の力がどのようなものかを決めているのは、自分自身の意志ではなく、「柵」なのかもしれない。

私たちはいろいろなものに取り囲まれ、様々な環境に身を置いて人生を送っている。たしかに、新しい空気を吸いたくなって、「リセット」したり居場所を変えたりすることはあるが、自分自身が知らない間に周囲の環境の持っている「柵の輪郭」にあわせて振る舞っている、能力の発揮の仕方を調整している、という風に考えたことはなかった。

大人には、幼い子供がもつほどの「伸びしろ」はむろん残されていないが、それでも現在の自分が身を置く「柵」をできるだけ大きくするにこしたことはないのだろう。