読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

あるたとえ話

戸田山和久さんが昨年の今頃、名大であったトークイベントで言っていたことを思い出す。次のようなたとえ話をしていた。

奴隷制賛成論者に奴隷制の廃止を訴えたならば、彼らはこう答えるだろう。「私たちの社会は奴隷制を前提の上に成り立っている。それを廃止すれば、私たちの社会は立ちいかなくなる。奴隷制の廃止は不可能だ。」だが米国の歴史を見れば、実際には奴隷制の廃止は可能だった。

こんなたとえ話だった。奴隷制の名残はいまだ影を落としているということは今おくとしても、変えられないように見えることが、本当は変えられるのだということはある。混乱や空白は、私たちの意志と創意が埋めるだろう。大切なのは判断の基準をどこに置くかだ。現状の続行を優先するのか。未来の理想にかけるのか。自分だちが生きる目の前の社会しか見ることができないリーダーたちの言葉は、ただただ愚劣で恥知らずだ。