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日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

『大学生のための文学トレーニング 近代編』がすごい

紹介
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(2011.1.31 追記)
そういえば、これには「解説集」が付くらしい。国語教科書の「指導書」みたいなものだろうか。私が仲間と作った某テキストについても、酒飲み話で「解説編」を出そうか、とか言っていた記憶がある。が、酒飲み話で終わった。ほんとにやるか…。すごいなぁ。

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大学生のための文学トレーニング 近代編―テキスト

大学生のための文学トレーニング 近代編―テキスト

著者の方よりいただいた。

非常によくできている。同じような大学生向けのテキストを編集したことがあるので、何を狙っているのか、よくわかる。そして編者達がどれくらいがんばったか、よくわかる。
このテキストの特徴はいくつかある。
(1) 15作のテキスト本文を収録している
(2) 文学理論の概観を入門的に与えようとしている
(3) 各作品に関連資料(同時代評、本文の異文、図版、地図など)がついている
(4) 「トレーニングシート」がついている

どれも、非常によく考えられ、よく練られた出来だと思う。(1)については、最近の大学の授業の要請にあわせて、半期15コマに対応し、かつ可能なかぎり作品の全文を収めている。このあたりは、他の同種のテキストブックを踏襲している。

(2)は、よく精選してある。近代文学研究以外の文学研究(英米系、ヨーロッパ系、日本古典文学系)からすると、なぜこれがあってこれがない的な違和感はあるかもしれないが、近代文学研究が得意としてきた方面――語り手論、本文異同/生成、同時代文化状況との接続――を中心にコンパクトにわかりやすくまとめてある。参考文献も巻末に付されていてよい(文献はもうちょっと増やしてもいいんじゃないかと思った。最終ページ余っているみたいだし(笑) 第二版ではぜひ)。

(3)作品本文を収めた他の類書の中では、もっとも充実しているんじゃないだろうか。それぞれそのネタだけでしばらく授業が話せそうな資料がいくつも載せてある。研究者ならこうした資料を集めることそのものはお手の物だが、それを選んで載せるとなると話は別だ。さぞかし苦労したことだろう。

(4)これが、びびった。ついにここまできたか、という感じである。どんなものかというと、ちょうど小中までで使用した記憶がある、「ワークシート」みたいなものだ。ばらばらに剥がせる1枚ものの紙が綴じてあり、それに設問がずらっとならんでいる。1作品につき、1シート。レベルは、大学前半向けぐらいだろうか。文学に関心の無い層の学生でも関心が持てるように工夫してある。創作っぽいことも要求している。面白い。(逆に言うと専門課程向けにはなっていない)

一読して、ちょっと使ってみたい、と思った。そしてこんなのを作ってしまった著者たちにちょっとジェラシーを感じた。

大学の授業の質は

変わってきている。

  1. 学生の教養(ここではイコール読むべき文学的正典)についての強迫観念は薄れている。漱石や太宰を読んだことがなくてもさほど皆恥ずかしいとは思わない。
  2. 授業は親切になった。シラバスを要求され、学生目線での目標を書かされ、どのように達成したか振り返りをさせられ、学生のアンケートを突きつけられる。昔のようなレジュメもなしで好き勝手に話して、思い出したように板書(単語だけ)書く授業は、少数派になっている。
  3. 研究者の方法論に対する意識も変わった。いまの40代ぐらい以降の近代文学研究者は、勉強を始めたときに、すでに「文学理論の交代史」の見取り図があった。その展開を学ぶことは、研究者として独り立ちするために身につける必須の教養になった。研究を学ぶこととは、作家や時代についての知識を深めることであるだけではなく、各種の理論的な枠組みで、読み話せるようになるということをも意味するようになった。当然、その意識は自分が行う授業の内容にも跳ね返る。

このテキストは、以上のような時代の産物なのだろうと思う。たぶん、反発も招く。大学の文学の授業に「トレーニングシート」!?という。しかし、上のような状況に、誠実にまじめに対応して授業をしようとすると、こうなる。時勢のもたらした自然の産物と、私には思える。

ただ、使いやすいか、というと

・・・・使用者を選ぶだろう。使ってみてはいないので正確なところはわからない。非常に親切な教科書である。それは逆に言うと縛りが大きいとも言える。対象とする授業の性格、学生の質、教員の好み、準備に割ける時間、などの案分次第では、これはものすごく助かるテキストになるだろう。もちろん全然あわない授業もある。それは当然だが、前者のような場合でも、授業の方向性は相当制約を受ける。

上述のように、テキストの方向性はかなりよくできていて、近代文学研究のストライクゾーンを外していないので、その点は安心だ。だが、満載された本文、資料、課題をこなしていくと、それでいっぱいいっぱいになるだろう(普通にやるとまず1回で1作品は終わらない)。教員の工夫の余地は少ない。


いずれにしても、非常に現代的な大学テキストである。興味のある方は、ぜひご覧になるよいと思う。