日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

アメリカへ渡る法――明治期の北米移民送出言説――

筑波大学総合文学領域 国際シンポジウム「帝国の学知と表象――朝鮮、台湾、北米――」,筑波大学,2009年2月21日


[要旨]
 明治中期から後期にかけ、人々をアメリカへといざなった言説を分析した。この種の言説といえば、植民論・移民論や渡米案内書に注目が集まることが多いが、今回はそうした実用的な領域ではなく、虚構や誇張、歪曲を含んだ虚構的な領域に焦点を当てた。この領域は通常、移民史や思想史からはそのいかがわしさ、不確かさゆえに排除される。だが、渡米をいざなう言説は実際に渡米した者や、その可能性を真剣に検討した者たちにのみ向けられていた訳ではない。渡米言説の受容者たちには、アメリカに本当に行った者の他に、多少の関心やちょっとした好奇心だけを持ち合わせた者たちがそれに数倍して存在したはずである。この多少不真面目な読者のあり方や広がりは、まだ未開拓の研究対象である。今回検討する『立志冒険 北米無銭渡航』や『苦学独歩 異郷之客』のような虚構的であるが実用的でなくもなく、事実も含むがそれ以上に嘘も多い境界的なテクストは、そのような渡米言説の〈裾野〉を探求するには格好の材料である。学知と実用と想像のあわいを探ることから、渡米言説の広がりを再考する。