日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

精文館本店(@豊橋)礼讃


 愛知県豊橋には縁があってしばしば訪れる。その時ほとんど必ずと言っていいほど足を運ぶのが、駅前にある精文館本店である。この店、非常にいいのである。

 精文館書店は、東三河地方を中心にチェーンを展開している地方書店で、支店はいわゆるツタヤとかに併設されている感じの郊外型の「町の本屋」って雰囲気の店が多いらしい(らしい、というのは支店にはほとんど行ったことがないから)。駐車場があって、となりにCDショップがあって、もしかしたらビデオ屋もあって、雑誌の棚が多く、マンガと文庫と新書の棚がならび・・・・と、こう書けば雰囲気は分かってもらえると思う。だから三河地方の大多数の人にとっては精文館といえば、もっとも身近な本屋さんなのだと思う。が、「本店」は違う。ここは一地方書店だと甘く見ていると痛い目に遭うぜ。


 自社ビルを持った3階分のフロア+別館で、本と文具あわせて1500坪(精文館のページによれば東海一)というのは、そうとうでかい。だが、これは文具やその他諸々の諸スペースもあわせているので、それをさっぴけば、たぶん匹敵する書店は大都市には少なからずあると思う。だが、精文館本店はなにしろ「棚がいい」のである。ぴんぴん生きている。私がわかるのは人文系の専門書だが、ちゃんと最新の入るべき本が入っており、押さえるべき定番が置かれており、なぜこれが残ってんのよ・・・という死んだ本がほとんどない。ああ、ちゃんと勉強している書店員さんがいるんだなぁ、と感動の思いで、私はいつも棚の前に立つのである。彼か彼女かわからないが、その棚担当の人に握手したい。

 豊橋というのは、はっきり言って小さな都市である(こういうことを尾張人である自分が言うと角が立つのだが(^^; ローカルな郷党意識が互いにあるのですよ)。愛知県二番目の都市とはいえ、総人口は40万人いない。そこにこんなレベルの本屋があるということは、もうすごいことなのである。対照的な例が、お隣の名古屋市である。総人口220万人超。日本の三大都市圏の一つの中核都市だ。大学も多い。だが、本屋はほとんど壊滅的である。いや、「ほとんど」「的」などと恩情をかける必要はない。壊滅である。本屋不毛の地である。名古屋人は、本に金をかけない。そんな金があったらガソリンに払うのだ。(注:私は名古屋出身です。怒らないでね(笑) 名古屋の人、郷土愛に溢れてるから) 私は、名古屋でわざわざ行きたいと思う新刊書店は一軒たりともない。

 そんな地方都市で、なぜこんなに専門書をおいて頑張るのか。売れるのか、いや売れるわけはない。うすうす売れるわけなかろうにと思っていたが、今回、以下のインタビューを発見してその予想は裏付けられた。

  本店というのは実は採算度外視で大きくしました。しかも、いろんな出版社の人から「絶対、豊橋じゃそんな本売れない」というものを入れていったわけです。それはほとんど専門書です。今のところはまあまあ売れてますけど、効率的には非常に悪くなってます。  
  本でも文具でも、仕入れた商品が年間で4回転以上しないと商売はできません。でも、本店っていうのは4回転を正直なところ、みんな切っているんです。文具の画材なんかは1回転もしない…。  
  でもこれは本当に深い部分で幅広い品揃えをしている、スーパーブックストアの宿命なのです。これは経営的には非常に大変ですけど、それをどこまで無理してやって且つ、耐えられる企業かということで、競争していますから。これを乗り越えるということが、会社にとっても次の飛躍になります。そして何より地域の皆さんもそれを望んでいられるでしょうし、望んでいただきたい、期待していただきたいと思っています。

http://www.toyohashi-cci.or.jp/joho/199906.html

引用は豊橋商工会議所による精文館の代表取締役社長 木和田泰正氏へのインタビューである。そうだよなぁ、売れないよ。うん。でも揃えてくれているのだなぁ。たぶん、他のチェーン店の売り上げをだいぶ喰っているのだろうけれど、それでもやってくれているのは、矜恃しかないと思うよ、書店としての。えらいそ、精文館。

 ネット書店の時代に、なにを言っているのか、という人がいるならば、それは大きな勘違いである。日本で一番大きな書店?Amazon.co.jpでしょ、とかいう人がいるならば、自分が少しでも興味を持っている分野の「生きている棚」の前に行くがいい。アマゾンの、この本を買った人はこんな本も買っています、てのも悪くはないが、生きている棚のもつ視野の広さと懐の深さにはかなわない。ネット書店はしょせん、検索が入り口だ。検索は、入力した情報が起点になるのが基本だ。てことは、知っているところからしか出発できない。棚は、一つのボリュームとしてそこにある。誰かがメンテナンスした「面」としてある棚は、思いも寄らない予想外の発見をその前に立つ者にもたらす。(蛇足ながら図書館のOPACと棚の関係も同じね) だから、生きている棚をたくさん持った大書店は、非常に大切なのだ。

 このエントリを書くために、いろいろググってたら、同じようなことを書いている人もちょっといたので、リンクしておく。


>> 精文館書店本店 (本屋回遊記)
http://bookslob.exblog.jp/3625579/

>> 「精文館」に豊橋の知的ハイレベルを感じる(豊橋 観光ガイド | みんなのクチコミ情報)
http://4travel.jp/domestic/area/toukai/aichi/toyohashi/toyohashi/tips/each-shopping-general-10045526.html


 精文館の末永い活躍を記念しつつ、エントリを終了します。名古屋の本屋さんもがんばってね、帰省のときに行くからさ。