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日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

山村浩二監督の「カフカ 田舎医者」を見てきた

無駄話

 山村浩二監督と言えば、「頭山」でアヌシー2003のグランプリを受賞、同作はアカデミー賞短編アニメーション部門でもノミネートされて、一躍脚光をあびたアニメーション作家だが、その新作が「カフカ 田舎医者」である。

 いやー、凄かった。大傑作と呼ぶのに私は躊躇しない。

 山村監督の作品を見ると、子供の頃の“お絵かき”を思い出す。○を書く。中に点々を打つ。すると人間の顔に見えてくる。首を書く。手を書く。胴を足を書く。髪を書くと、もじゃもじゃにしたくなり、するとその上に鳥を書き、二羽書き三羽書き、空を書き… というように、筆記の自動連想がはじまる。

 それから、パラパラ・マンガ。教科書の隅に描いた、落下する人。細かく動きを割りながら、ぐるっと頭がしたになって落ちていくようすを創った。サッカーボールを蹴る。木が伸びる。そうした動かす喜びを思い出す。山村監督の作品からは、こうしたイタズラ書きの自由さ、遊びが、画面一杯に感じられる。もちろん、ものすごく高度で緻密には設計されているわけだけれど、ベースにあるのは、この楽しみ、喜びなんだと思う。

 「カフカ 田舎医者」と同じ2007年に、山村は「こどもの形而上学」という作品を作っているが、このアニメーションなど、手の連想、動きの愉楽そのものが主題となった作品だと思う。この□を顔にしてみたら・・・この耳を顔の「蓋」にしてみたら・・・・・この穴を覗いたら、またこの穴があったりして。で、そしたらまたその穴に・・・・という、空想と線描と動きの遊び心に満ちた連鎖。アニメーションって、線を動かしてできているのだなぁということそのものを再確認させ、そこに立ち返らせてくれる作品である。そういう意味でいえば、これはある種のメタ・アニメーションなのかもしれない。

 さて、「田舎医者」。もうこんな私の低クオリティな文字の羅列ではなく、実際の画面を頼むから見てください、ととにかく言いたいのだが、アニメーター山村の描線とその動きの感性が、最高度に発揮され全編に溢れかえった作品だと思う。

 ただ、今回の場合それは、見ていて「楽しく心地の良い」ものとして差し出されてはいない。「田舎医者」では、画面そのものは静謐でありながらも、描線は過剰なまでに暴れていて、のたうち、拡縮し、安定するところがない。線が、面が、顔になって、馬になって、傷口になって、動き回る。カフカの“不条理”といわれる不安定さ、不連続感を、見事にアニメーション表現に「翻訳」していると思う。

 とにかく、刮目してみられんことを願うものである。



山村浩二氏公式サイト「Yamamura Animation


「カフカ 田舎医者」公式サイト

こちらで「カフカ 田舎医者」の予告編が見られます




「頭山」山村浩二作品集 [DVD]

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