日比嘉高研究室

近況、研究の紹介、考えたこと

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檸檬の空間論

佛教大学総合研究所基礎研究「京都における日本近代文学の生成と展開」第十六回研究会,佛教大学

 中村三春著『係争中の主体 漱石・太宰・賢治』

書評・『日本近代文学』第75集、2006年11月15日、pp.297-300 [全文を読む]

絡みあう「並木」──日本近代文学と日系アメリカ移民の日本語文学──

『京都教育大学紀要』第109号, 2006年9月, pp.143-154 [紹介] 本論文は、日系アメリカ移民の日本語文学と日本近代文学との関係を考察するものである。日系アメリカ移民の第一世代──一世──は、早い時期から太平洋をまたぐ出版流通網を整備し、「日本語空間…

転落の恐怖と慰安──永井荷風「暁」を読む──

『京都教育大学 国文学会誌』第33号, 2006年6月, pp.33-45 [紹介] 永井荷風の滞米時代を、一時滞在の旅行者、傍観者として捉えてきた先行論に対し、〈在米日本人〉コミュニティの中に生き、〈在米日本人〉としてあったものとして再考する。この視点からす…

永井荷風『あめりか物語』は「日本文学」か?

『日本近代文学』第74集, 2006年5月, pp.92-107 [紹介] 永井荷風は1908年に帰朝し、その後没するまで日本で活動した。だがもし彼が帰国しなかったとしたら、在米中に書きつがれた彼の『あめりか物語』はいったい何文学とされていたか? 20世紀前半の北米移…

 内藤千珠子著『帝国と暗殺──ジェンダーからみる近代日本のメディア編成』:もしくは「言説分析」とポストコロニアル批評についての自問自答

書評・『日本文学』No.635、2006年5月、pp.78-79 [全文を読む]

 Migrating People, Traveling Books

The Annual Meeting of the Association for Asian Studies, San Francisco, April 6-9, 2006 (日本語仮題「旅する人と本」) [要旨] Since the late 19th century the issei, or first generation Japanese Americans, produced a variety of materials …

 永井荷風『あめりか物語』は「日本文学」か?

2005年度日本近代文学会秋季大会,國學院大學,2005年10月23日(パネル発表。総題「〈移動する〉文学から何が見えるか── 北米日系移民の日本語文学と近代日本──」) [要旨] 永井荷風は1908年に帰朝し、その後没するまで日本で活動した。だがもし彼が帰国し…

 菊池寛「身投げ救助業」と琵琶湖疏水

佛教大学総合研究所基礎研究「京都における日本近代文学の生成と展開」第八回研究会(於 佛教大学)

大衆の意地悪なのぞき見──『講談倶楽部』のスポーツ選手モデル小説──  

『大衆文学の領域』大衆文化研究会編集・発行、2005年6月,pp.197-213 [紹介] 1930年前後に大衆誌『講談倶楽部』を舞台に展開した、スポーツ選手モデル小説を分析する。近代文学の歴史上、モデル問題は数多く生起しているが、本論の対象とするモデル小説は…

 サンフランシスコの日本語空間──一世文学の成立基盤を考える──

マイグレーション研究会,大阪商業大学,2005年10月1日 [要旨] 移民地と〈内地〉日本の間の人・モノ・情報の流れを分析する一環として、一世文学成立の基盤となった移民地の日本語環境について考察した。とりわけ、今回はサンフランシスコの日本書店の登場…

日系アメリカ移民一世の新聞と文学

『日本文学』第53巻第11号(No.617), 2004年11月,pp.23-34 [紹介] 日系アメリカ移民の日本語新聞『新世界』(サンフランシスコ)を検討し、移民地における新聞の機能と、移民文学との関係について考察した。移民地においては日本国内で刊行された出版物と…

 Issei Literature: The Japanese American Writings and its Socio-cultural Context

The 17th Congress of the International Comparative Literature Association, Hong Kong Polytechnic University (Hong Kong)香港理工大学, August 8-15, 2004 (日本語仮題「一世文学──日系アメリカ人の文学とその社会文化コンテクスト」) [学会発表要…

 四千浬外の自然主義──北米日系移民文学と近代日本文学──

筑波大学文化批評研究会 ワークショップ「越境と侵犯の軌跡――朝鮮・満州・北米の日本語文学・文化」,2005年3月17日,筑波大学

 秋聲と青果の「ちよつと切つても切れない」関係

研究余録、『秋聲全集』八木書店、月報40号、2004年5月 [全文を読む]

 翁久允と〈移民地文芸〉の離陸──米国日系移民の日本語文学──

2003年度筑波大学比較・理論文学会大会,筑波大学,2004年3月17日

 紅野謙介著『投機としての文学──活字・懸賞・メディア──』

書評、東京大学国語国文学会、『国語と国文学』第81巻第3号、pp.68-72 [全文を読む]

漱石の「猫」の見たアメリカ──日系移民一世の日本語文学──

『〈翻訳〉の圏域』筑波大学文化批評研究会編集・発行、2004年2月、pp.227-243 [紹介] 本論文は、『吾輩の見たる亜米利加』(保坂帰一著、1913-4)というある日系移民が書いた小説を分析することを通じて、一世たちの日本語文学の位置・意味を考えることを…

堀辰雄の反−私小説──夢・フロイト・「鳥料理 A Parody」──

『国文学 解釈と鑑賞』別冊,2004年2月,至文堂,pp.128-137,他共著者22名 [紹介] 堀辰雄の文学と1930年前後の私小説をめぐる言説との関係を考察した。堀文学は私小説とは異質のものとされることが多いが、実際にはもう少し複雑な交渉を取り結んでいた。…

〈城〉からの眺め

米村みゆき編『ジブリの森へ──高畑勲・宮崎駿を読む──』共著,2003年12月,森話社,pp.56-81,他共著者7名 [rakuten:book:11219077:image] [紹介] 宮崎駿のアニメーション映画を、〈城〉の表象に注目しながら横断的に分析した。『未来少年コナン』から『千…

 ジェイ・デイヴィット・ボルター『ライティング スペース』

紹介と展望、『国文学 解釈と教材の研究』第48巻10号、2003年8月号、pp.80-82 [全文を読む]

 漱石の「猫」が見たアメリカ──一世の日本語文学──

Workshop: Japanese Literature and Global Modernities: Immigration, Occupation, and Capital(Sponsored by UCLA the Center for Japanese Studies and the Department of East Asian Languages and Cultures),カリフォルニア大学ロサンゼルス校,2003年…

「モデル問題」の発生──内田魯庵『破垣』

『国文学 解釈と教材の研究』第47巻第9号、2002年7月、pp.31-35、7月臨時増刊号・特集「発禁・近代文学誌」のち国文学編集部編『発禁・近代文学誌』共著,2002年11月,学燈社,pp.31-35,他共著者36名(臨時増刊号の書籍版) [紹介] 「モデル問題」は実在…

〈自己表象〉の文学史──自分を書く小説の登場──

“自己表象”の文学史―自分を書く小説の登場作者: 日比嘉高出版社/メーカー: 翰林書房発売日: 2002/05メディア: 単行本 クリック: 47回この商品を含むブログ (3件) を見る発行日 : 2002年5月25日 価 格 : 4,200円 ISBN : 4-87747-145-1 [目次] 序 章 〈私…

 囚われたる研究

雑感、文化史研究会『会報』6、2002年4月 [全文を読む]

絵の様な人も交りて展覧会──文学関連資料から読む文展開設期の観衆たち── 

『美術展覧会と近代観衆の形成について』(平成11-13年度科学研究費補助金(萌芽的研究)研究成果報告書、研究代表者 五十殿利治、課題番号11871009)、2002年3月、pp.23-36 [紹介] 文部省美術展覧会(文展)の観衆を、文学資料──小説・文芸雑誌の記事・川…

吾輩の死んだあとに──〈猫のアーカイヴ〉の生成と更新──

『漱石研究』第14号、2001年10月、pp.149-163 [要旨] 文学作品は、現在の研究の体制において、多くの場合その作者との関わりに重点をおいて考察される。しかし、実際の社会内における文学作品の在り方を考えるとき、こうした作者に関わる部分に注目するだ…

〈文芸と人生〉論議と青年層の動向  

『日本近代文学』第65集、2001年10月、pp.150-162 [紹介] 「芸術と実生活」「実行と芸術」などとも呼ばれる自然主義文壇を代表する論争、〈文芸と人生〉論議を、青年層の動向に着目することによって再検討する。論争の過程で「観照」派とされる花袋・天渓…

 真山青果「枝」をめぐる風景──ある自然主義作家の〈自己表象〉──

2000年度筑波大学比較・理論文学会大会,筑波大学,2001年3月5日 [学会発表要旨]

翻訳と感化の詩学──「野分」の人格論をめぐって── 

『国文学 解釈と教材の研究』第46巻第1号、2001年1月、pp.118-125 [紹介] 夏目漱石「野分」の登場人物白井道也が展開する『人格論』は、漱石自身の思想と重ねて考えられることが多い。これに対し、同時代の〈人格〉をめぐる言説の水準と照らし合わせること…

 漱石「野分」と人格論

2000年度金沢大学国語国文学会,金沢市中央公民館,2000年10月8日

〈自己〉を語る枠組み――中等修身科教育と〈自我実現説〉――

『国語と国文学』第77巻第7号、2000年7月、pp.41-54 [紹介] 明治20年代後半に移入された倫理学説〈自我実現説〉と当時の文学的思考との交差を検証する。この学説のもつ論理を明らかにし、それが中等修身科教育に組み込まれていく様相をたどる。そこから修…

〈自画像の時代〉への行程──東京美術学校『校友会月報』と卒業製作制度から──  

『明治期雑誌メディアにみる〈文学〉』筑波大学近代文学研究会編集・発行、2000年6月,pp.206-225 [紹介] 東京美術学校(現・東京芸術大学)の諸制度・資料を分析し、近代日本における自画像の出発のようすを考える。東京美術学校西洋画科の卒業製作制度(…

〈翻訳〉とテクスト生成――舟木重雄「ゴオホの死」をめぐって――

『多文化社会における〈翻訳〉』筑波大学文化批評研究会編集・発行、2000年6月、pp.219-238 [紹介] 大正元年に発表された舟木重雄「ゴオホの死」は、ゴッホに憧れ、彼のような芸術家になりたいと苦しむ小説家志望の青年の一日を描いた短編小説である。この…

〈会員新刊紹介と書評〉西田谷洋著『語り 寓意 イデオロギー』

新刊紹介・書評、文化史研究会『会報』4、2000年4月 [全文を読む]

日露戦後の〈自己〉をめぐる言説――〈自己表象〉の問題につなげて――

『日本語と日本文学』第30号、2000年3月、pp.29-42 [紹介] 日露戦後の文芸評論界に見られる〈自己〉論の隆盛を分析する。そこに現れた言説群を「自己の文芸論」「自己の描写論」「自己の探求論」の3種に分類し、その特徴や背景について考察。さらにこうし…

 〈文芸と人生〉論議の再構築――青年思潮と〈人生観上の自然主義〉から――

1999年度日本近代文学会秋季大会,活水女子大学,1999年10月23日

〈自己〉を語る枠組み

1999年度筑波大学比較・理論文学会6月例会,筑波大学,1999年6月28日

創刊期『太陽』の挿画写真――風景写真とまなざしの政治学――

『植民地主義とアジアの表象』筑波大学文化批評研究会編集・発行、1999年3月、pp.61-87 [紹介] 明治28年創刊の総合雑誌『太陽』は、日本の雑誌が写真をその誌面に取り込み始めた初期の例である。日清戦争期に現れたこの巨大雑誌が、どのような外国像・日本…

文芸用語としての「モデル」・小考――新声社と无声会――

『文学研究論集』第15号、1998年3月、pp.77-95 [紹介] 現在われわれが普通に用いる、「この小説のモデルになった人」などといういい方は、どのようにしてできたか。文芸用語としての「モデル」の社会的な流通の1パターンを、明治30年代の出版社兼文学集団…

帰国直後の永井荷風――「芸術家」像の形成――

『日本語と日本文学』第26号、1998年2月、pp.21-33 [紹介] 一人の作家の「イメージ」がどのように形成されたのか、永井荷風を例にとって考える。アメリカ・フランスでの生活を終え明治41年に帰国した荷風は、当初は無名の青年作家だった。その荷風が自然主…

近代日本自画像史の試み――東京美術学校の卒業製作制度と『校友会月報』から――

1997年度筑波大学比較・理論文学会大会,筑波大学,1998年2月24日

「モデル問題」とメディア空間の変動――作家・モデル・〈身辺描き小説〉――

初出、『日本文学』No.536、1998年2月、pp.10-21 のち、和田敦彦編『読書論・読者論の地平』(日本文学研究論文集成47、若草書房、1999年9月、pp.185-200)に採録 [紹介] 明治40年後半に起こった、小説のモデルをめぐる道義的論議「モデル問題」を、読書慣…

「蒲団」の読まれ方、あるいは自己表象テクスト誕生期のメディア史

『文学研究論集』第14号、1997年3月、pp.67-90 [紹介] 日露戦後、作家自身が作中人物として登場する小説が増える。こうした事態が起こった経緯を、田山花袋「蒲団」に対する発表当時の読解のようす、作家たちの自己表象への認識などから追究し、小説ジャン…

機械主義と横光利一「機械」

『日本語と日本文学』第24号、1997年2月、pp.12-26 [紹介] 横光利一の小説「機械」が、同時代の文化現象としての〈機械主義〉とどのような相関をもっていたのかを明らかにする。文学のみでなく、板垣鷹穂の美術論や写真・絵画テキストも視野に入れ、機械に…